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■春の夜の夢(上)
【後輩×会長】
一目惚れした話。後輩視点。




「お前、生徒会に入れ」
「………先輩がオレのになるんならいいですよ」

 先輩の口角が緩く持ち上がる。それはとても綺麗で――思わず誰もが見惚れてしまうほどに見事な―高慢な笑みだった。





 恐らくそれは一目惚れだったのだ。

 高校進学を控え、入寮開始日に即入寮した。当然同室者はまだおらず、寮内も閑散としている。片付けは早々に済まし、人気の少ない食堂で夕食をとる。

 早くに食事も風呂も済ませてしまったために、時間をもて余していた。まだ、寝るには早い。

 ふと、窓の外を見ると綺麗な月が出ていて。そう言えば桜も咲いていたはずと、一人夜桜と洒落込むために寮を抜け出した。

 風呂上がりには気持ちのよい風を浴びながら、月明かりを頼りに足を進める。外灯は、時おり思い出したようにぽつねんとあるだけ。柔らかな橙の灯りは、寮と学校を繋いでいるのだろう。

 その、灯りのある道をそれて進む。

 静かな。静かな夜だった。緩やかな風の声。葉の囁き。踏みしめる土の音。ただただ静かで、気持ちのよい夜だった。

 ゆっくり、ゆっくり。時が流れるのを惜しむようにゆっくりと歩を進める。その木を見つけたのは昼間。入寮の手続きをする前に、周囲を散策し見つけたのだ。

 校門や、学校に至る道すがら見かけたのとは桁の違う立派な桜の木。樹齢何十年か、百を越えているのか。そう思わせるほどの歴史を感じさせられた。この綺麗な月の下に佇む姿は、きっとひどく幻想的だろう。

 そう思い辿り着いた先で、息を忘れるほどの光景に目を奪われることになる。

 桜の木の下には、先客がいた。こちらに背を向け木を見上げているので表情は見えない。ただ身につけているのは制服なのでこの学園の生徒、それも恐らくは先輩なのだろうとわかる。

 他人がいては興醒めだ。

 また別の夜に出直そうと踵を返しかけ、一際強く風が吹いた。桜の花弁が舞う。舞い降りる。真っ白な雪のごとく、風に舞う。

 花吹雪の向こうで、その人は振り返った。綺麗だ。と、思ったのは我に返ってからのこと。ただ目の前の光景に見惚れていた。

 やがて花弁が全て舞い降り、二人の間を遮るものがなくなる。一呼吸おいて、まっすぐにこちらを見据えたままその人が近づいてくる。

「お前、名前は?」

 心地よい声に問われるままに答えれば、その人の唇が薄く弧を描く。確かめるように呟かれた名は確かにオレの物なのに、ひどく輝きを持って聞こえた。

 さわりと風が吹く。

 時は止まったまま。

 いつまでもこうしていたいのに、早く寮に戻るよう言い残しその人は立ち去ってしまった。すぐに追いかければ良かった。せめて名前を聞いておけば良かった。

 後悔は、後から来るもの。そのときはただ遠ざかる背に目を離せずにいた。

 また、ここに来れば会えるだろうか。もう二度と会えないだろうか。もう一度、来てみようと考えていて、けれど春休みの内に訪れることはできなかった。

 翌日には同室者が入寮してきた。そいつの荷物の片付けを手伝ったり、その流れで食事を共にしたり。気づけば友人もでき、なかなかあの場所に行く機会を見つけられなかった。

 万が一、どこへ行くのか問われられても答えたくなどはない。だからと言って、嘘を吐くのも違う。

 そう言えばと、同室者が語ったのはいつだったか。入寮の日、敷地内で道に迷った彼は、やたら綺麗な先輩に案内してもらったのだそうだ。

 綺麗な先輩と聞き、思いいたるのはあの人の姿。

 同じ人だろうか。綺麗という言葉は、あの人のためにある。

 その話を聞いたときに、友人となった内部進学の奴に親衛隊というものを教えられた。だから綺麗な人とは関わらない方がよいと。

 同室者は、関わる気など毛頭ないと言っていた。それとは逆にオレは、ならばあの人を見つけるのは容易いだろうかと考える。きっと、あの人には親衛隊がいる。いないわけがない。

 結果としては、探すまでもなくその人の名を知ることができた。迎えた入学式の日、壇上にその人はいた。新入生を迎える挨拶をするその人は、生徒会長だった。

 音には出さず名前を呟く。隣で同室者がやけに驚いていて。教室に戻ると、案内してくれた先輩が壇上にいたのだと教えてくれた。

 ならばやはり、同一人物なのだろう。詳しいことは話してくれなかったが、壇上にいた綺麗な人はあの人だけなのだから。

 オリエンテーションが終わり、通常授業が始まると、同室者は度々姿を消すようになった。ほんの数分だったり、なかなか戻ってこなかったり。戻ってくると、そわそわ落ち着かなく挙動不審になっている。そして、やけに生徒会のことを気にするようになっていた。

 有名人の噂とは、聞く気がなくとも耳に入るもの。

 やれ会長は副会長と付き合っているのだとか。いや、最近お気に入りができただとか。

 それを聞いた同室者は、何とも言えない表情をしていて。ああ、あの人と会っているのだとわかってしまった。

 あの桜の元には、時間ができるようになったので何度か訪れていた。あの人と会うことはできないまま、時間だけが過ぎていく。

 あの夜、この木の下であの人は何をしていたのか。あの夜見た光景は、この世のモノと思えぬほど美しかったというのに。

 たった一度の邂逅が、胸に残って離れない。

 そうして、薄紅色の花弁が散り終え、葉桜になる頃に転機が訪れた。

 放課後、最近よくしているように同室者が慌てて教室を後にしようとしていると、にわかに廊下が騒がしくなった。何となしに視線を向ければ、ちょうど教室を出ようとしていた同室者が足を止めていた。

 あの人が、いた。

 どくりと心臓が跳ね上がり、じっと二人の様子を観察する。知り合いだとは知っていたが、目の前で揃うと、何とも言いがたい気持ちになる。ああ。でも。こんなに近くに。

 数言、話をすると同室者が振り向きオレの名を大声で呼んだ。何をしているのか理解できず、無言で眺めていると首をかしげて近寄ってきた。

「呼んでるよ」
「……………誰が?」
「誰がって…」

 ちらりと動く視線を追えば、戸口に佇むあの人の姿。

「………会長が。面識あったんだな。親しいのか?」
「………それはお前だろ」

 ふてくされたように言えば、同室者は大きく首をかしげた。

「オレが?会長と?ほとんど話したことないけど?」

 ほとんどと言うからとは、少しならあるのだろう。そう思いつつも、どういうことかと眉間にシワを寄せた。

 同室者が会っているのは、あの人なのだとばかり思っていた。だが、この様子を見る限り違うのだろう。確認しようと口を開きかけ、けれと声を発する前に止まる。

 教室内に、染み渡るような声が響いた。その音は確かにオレの名で。発生元に視線を向ければ、案の定あの人がいた。

 目が合うと、薄く笑みを浮かべる。

 そんな表情を向けられたら。そんな風に名を呼ばれたら。何も考えられなくなる。

 すくっと立ち上がり、まっすぐに近づく。あの夜、近寄ってきたのはこの人。今度はオレから。

 目の前で足を止める。そらすことは許さないとでも言うような視線。どこか楽しげな眼差しに、こちらの頬も緩む。ようやく。ようやくだ。

 そうして、何の前置きも説明もないまま冒頭のやり取りに至った。

 この人の傍にいられて、役に立てて、あまつさえその声で名を呼んでくれると言うなら否はない。けれどそれでは面白くないではないか。

 あんなにも人の心を虜にし、悩ませ続けてきたのだ。たった一度の邂逅だけで。それきり、今の今まで姿を見せずにいて。それなのに。

 欲を、見せたかった。

 この人が、先輩がオレを望むなら、オレは先輩を望む。

「なら、お前はオレのだな」

 ひどく綺麗で、見事なまでに高慢な笑みを浮かべた先輩は、そうのたまった。

 その声色は楽しく嬉しげで、オレは笑い出してしまいたい衝動にかられる。これは、是ととらえていいのだろう。
 オレが先輩のモノになる代わりに、先輩がオレのモノになる。ここ数週間、頭を悩ませ続けてきたことが、こんなにもあっさり解決するとは。

 まっすぐに見つめ合ったまま、一歩近づく。手をのばし、先輩の頬を指の背でゆっくりと撫でれば、気持ち良さげに目を細めた。

 その表情に気を良くし、笑みを深める。そっと先輩の手をとり、その甲に口づけの真似事を。視線の先の先輩の唇が綺麗な弧を描き、満足しているのだとわかった。

 この口づけは誓約の証。

 オレはあなたのモノ。あなたはオレのモノ。





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