*** 友達と仲のいい後輩。 意地悪してくる苦手な後輩。 構ってほしくて、ちょっかいかけてくる後輩。 着実に距離は近づいていっている。それも棚ぼた的展開で。普段の行いがいいからだろうか。結構、好き勝手やってるけど。 「………」 「………何ですか?かのと先輩」 「なっ、なんでもない、よ」 何か態度がおかしい。 名前呼びするようになってしばらくは、嬉しそうにしていた。なのにふと気づいたらこっちをじっと見てたり、何か言いかけて止めたり。 気にしてくれてるのは良い傾向だけれど、そうなるように何かした覚えがないから不可解だ。誰かに、何か言われたのだろうか。まぁいい。意識されてるのは悪くない。なんせ、会長に引っ付く頻度が少しだけ減ってるし。 球技大会が終わったらまた何か仕掛けよう。 そう思って迎えた球技大会。ダムっとボールをついて、高く放り投げる。ゴールネットが揺れた瞬間、試合終了のホイッスルがなった。 「っしゃあっ!」 「ナイッシュー!」 クラスメイトと肩を叩き合い、整列する。挨拶をし、コートを出るとタオルを渡された。笑顔で礼を言い、それから辺りを見回す。目当ての姿はすぐにみつかり、駆け寄った。 「かのと先輩」 「おめでとー。次、準決勝?」 「はい。あれ?さっきまで会長もいませんでしたか?」 「し…会長はホイッスルなってすぐアコちゃんの様子見に行ったよ」 「あぁ、おいてかれたんですね」 「違うよっ!?」 わかってる。 一言声をかけてくれようとして待っててくれたのだろう。前だったら一緒に行ってしまっていたんだろうから、いい変化だ。 「かのと先輩は次、真行先輩のクラスとでしたっけ?」 「うん」 「終わったら慰めますんで、きがねなく頑張ってください」 「ちょっ、負けるの前提!?」 「ははっ」 恨みがましそうな視線が愉快でならない。 大丈夫。約束しますよと指切りまで強引にすれば、すごく釈然としない表情になった。 「だって、かのと先輩だって、オレと会長が対戦することになったら応援しにくいでしょう?」 まぁ、会長はバレーボールだから対戦する機会はないけど。そう訊ねてみると、それはそうだけどと返された。内心で笑みを深める。会長の応援するとか即答されたらどうしてやろうかと思っていたが、天秤は平行になりつつあるようで。 はやく、こちらに傾いてしまえばいいのに。 書記君の試合の後がかのと先輩のクラスと真行先輩のクラスの試合だった。快晴の空の下、サッカーボールを追いかける先輩たちを眺める。真行先輩のクラスからは、あの人も参加していた。 そうなると当然、会長も見学に来ているわけで。好奇心にかられて応援しにくくないかと訊いてみた。 てっきり、慌てふためくかと思ったのに、きょとんと首をかしげた後、普通に笑ってた。 「そうだなぁ……まぁ、オレは自分のクラス応援するが」 やっぱりよくわからない。 いや、オレだって同じ立場なら全力をもって自分のクラス応援するけど。でもそれはかのと先輩の悔しがる姿を見たいからに他ならない。けど、会長はそうじゃないだろうに。変な人だ。 試合の結果は、自分の試合の時間が来てしまったので見れなかった。準決勝を無事勝ち進んだ後、かのと先輩のクラスが負けたと聞いた。なら、後で約束通り慰めてあげなければ。 試合に負けて時間が余るはずのかのと先輩はしかし、発生したトラブルの対処に駆り出され、決勝戦を見に来てはくれなかった。誰だよ。問題起こしたバカは。 仕方ないから片付けが済んだら。そう思い、教室によらず生徒会室に顔を出したらかのと先輩はいなかった。会長はいるというのに。 「あれ?秋吉、かのとと一緒じゃねぇのか?」 「何でですか?」 「用あるつってたから、てっきり秋吉のとこかと」 まぁ、オレはかのと先輩に用あるけど。 「………ちょっと、探してきていいですか?」 「ああ。つか、今日はもう帰っても構わねぇから。疲れてんだろ?ゆっくり休め」 「はい」 心持ち早足で廊下を進む。かのと先輩の用とは何だろうか。球技大会中のトラブルに関することなら風紀室かな?念のためにと訪れてみると、なぜかそこにはげっそりとした雰囲気の赤毛の先輩がいた。 「………すみません。金本先輩はいますか?」 「金本?」 「用があるんですけど、姿が見当たらなくて」 「ここにはいねぇよ」 赤毛の先輩と向かい合って座っていた風紀委員長が、それを聞いて鼻で笑った。見た目だけなら大層可愛らしいのに、言動のせいで台無しだ。 「はっ、またどっかでコクられてんじゃねぇのか?あの男ホイホイ」 確かに。それはあり得そうだ。 風紀委員長の言葉に、赤毛の先輩が呆れたような言葉を返す。それを聞き流し、礼を告げて風紀室を後にした。 もし、そうならどこだろうか。校舎裏といっても範囲は広い。屋上も校舎ごとにあるし、人のいない教室となったら手当たり次第は無理だ。せめて会長にどこで別れたか聞いとけば良かった。 考えつつ廊下を行く内、不自然に数センチだけ開いたドアが目に入った。何となく開くと、中にはあの先輩がいた。 振り返ったその人と目があった瞬間、自分の表情が歪んだのがよくわかる。以前の一件以来、どうもこの先輩のことは信用できない。それはもう、猫を被る気が起きないほどに。 顔をしかめられたというのに、そいつは笑みを浮かべると手招きした。警戒しつつ近寄り、示された窓の下を覗く。 かのと先輩がいた。 出歯亀かよ。 かのと先輩と共に見知らぬ人物がいて、告白の現場なのだとわかる。ジャージの色から判断すると、三年生か。 呼び出しに応じてんじゃねぇよ。何考えてんだ。 イライラと、どうしてくれようか考えてると、おもむろに三年生が動いた。かのと先輩を抱き締める。考えるより先に、足が動いていた。 気づいた時には現場のすぐ近く。上履きのまま、校舎裏まで来ていた。飛び出していってどうする。邪魔をするわけにはいかないだろうに。 わかっているのに歩みは止まらず、そして不穏な声が聞こえてきた。 「ちょっ…あの、そろそろ本当に…」 「ハァッ…金本…」 「っ!?な、何っ!?」 「ハァ…ハッ…悪い。やっぱ我慢できねぇ…」 「あ…やっ…」 「…一度だけ…ハァ、な?一度だけでいいから…っ」 「――――っ!?」 ばっと飛び出せば、かのと先輩はあろうことか三年生に抱きつかれたまま片手で尻を揉みしがれていた。肩に、顔を押し付けられ、逃れようともがいているが、効果はない。 カッと頭に血を上らせ、横からかのと先輩に腕を伸ばし引き寄せる。突然の登場に驚いた隙だったので、なんなく引き離すことができた。 「………こ、う?」 かのと先輩を背後に押しやり、三年生を睨み付ける。 「何、してんですか」 「お前は、一年の…」 「何、してんですか」 見開いた目を、次第に険しくしていく三年生。かのと先輩が、背中にすがり付いたのがわかった。 何、怯えさせてんだよ。 「………そうか。そいつか」 背後のかのと先輩が、びくりと震える。いっそ、憎しみすら込められた視線をオレに向けると、三年生は無言のまま去っていく。 姿が見えなくなった途端、かのと先輩が腰を抜かした。オレの背をつかんだままの右手をとり、かのと先輩の前に膝をつく。 呆然と涙を流す瞳に、自分の姿が映っていた。 「何、してたんですか」 「………っ」 底冷えするほど冷たい声に、かのと先輩の肩が震える。 「何、勝手に泣いてんですか」 「………違っ」 握る手の力を強め、もう片方の手を首筋にあてる。指先に感じる脈は早い。親指で、喉仏をなぞる。 「………庚」 「気安く、触らしてんじゃねぇよ」 何勝手に呼び出されて、勝手にコクられて、勝手に抱き締められて、あげく襲われかけて。 「オレが来なかったら、どうなってたかわかってんのか?」 「ごめっ……ごめ…なさっ」 ハラハラと流れる涙。頬を伝うそれを舐めとり、目尻に吸い付く。以前のようには止まらない。泣き顔を、見たいと思っていたが、こんなんじゃない。こんな、他人のせいでだなんて。 かのと先輩が、強く手を握り返す。堪えきれないというように、歪む表情。掠れた声。 「………庚っ」 あぁもう本当に、どうしてくれよう。このままここで押し倒してしまおうか。 唇に、噛みついた。 <> [戻る] |