■二人の関係 「おいかけっこ」の風紀委員長が風邪を引いた話。 風の噂で風紀委員長が風邪をひいたらしいと聞いた風紀副委員長は、その真偽を確かめるために風紀委員長の部屋に向かっていた。 風邪をひく風な感じはなかった。かといってそのような風評を流す意味も見つけられない。万が一にも事実なのだとしたら、きっと風通しの悪い部屋で寝ているに違いない。 ならば誰がその面倒をみるのか。自分だ。 早く完治させなくては。寝込んでる間に副会長だとか転校生だとかが会長に粉かけたらどうするきなのだろう。 きっと、どうとも思わないのだろうなと、副委員長はふうとため息をついた。 副委員長は会長にとてもとても憧れている。もちろん委員長にも尊敬の念は抱いている。あんなんでもだ。 でなければ会長とくっつけようとはしないし、風紀委員を続けてもいない。 二人はお似合いだと副委員長は信じている。だってあの突拍子のない会長の行動を読めるのは、委員長だけなのだ。どうして、付き合ってないなどと言えるのだろうか。 もう一つため息をついて、副委員長は委員長の寮部屋の前にたどり着いた。 じっとりと、ドアをねめつける。 これがもし、風邪をひいたのが会長ならば、委員長に看病をさせたのに。どうせ仕事をサボるばかりなのだから。でも、会長の体調が崩れるのは嫌だから仕方がない。 諦念の息を吐き、副委員長はブザーを押した。 「お。副委員長」 「……………え?」 程なくして出てきた人物に、副委員長は目を丸くする。副委員長の驚愕をさらっと流し、会長はカラッと笑った。 「見舞いに来たのか。まぁ上がれよ」 「……………え?」 部屋を間違えたのかと思った。思わず一度表札を確認する。きちんと委員長の名が書かれていた。何より、見舞いかと問われたのだから違うわけがない。 ならばなぜ会長がここにいるのか。 わけがわからず副委員長は呆然とした。上がらないのかと問われ、慌てて中に入る。 「委員長なら寝室にいるから。さっき腹減ったつってたし、まだ起きてるんじゃないか?」 私服姿の会長は、エプロンをつけていた。副委員長に声をかけると台所に入り、慣れた様子で調理の続きを開始する。 「……………え?」 「ん?委員長の見舞いに来たんだろ?」 「はぁ」 確かに副委員長は委員長の見舞いに来た。けれど委員長の体調なんかより、なぜここに会長がいるのかの方が重大だった。 「あの、会長はなぜここに?」 「なぜって……見舞い?」 カウンターに近づき訊ねれば、会長は手を止めこてんと首をかしげた。作ってるのはどう見てもお粥。見舞い以外の何物でもない。 「えっ?委員長の見舞いに来てくれたんですか!?わざわざ!?」 「わざわざってほどでもないだろ?」 大袈裟だなぁと会長は笑う。 委員長の隣が会長の部屋。訪れるのに時間などかかりはしない。かかりはしないのだがそれでも副委員長は感激した。 だって、隣だからというだけで、親しくなければ見舞いに来たりなんてしない。 「第一、しょっちゅう飯作りに来てるし」 何ですと? 副委員長は我が耳を疑った。てきぱきと手を動かしていく会長を凝視した。飯を作りに来ている。会長が。委員長のために。それもしょっちゅう。 思い起こしてみれば、確かに委員長は度々食堂に姿を表さない時がある。面倒だからと言ってもいた。てっきり食堂に行くのが面倒だから、食事を抜いてるものとばかり思っていたのだが。 興味ないふりしてしっかり押さえてやがる。委員長グッジョブと心内で喝采をあげた。 「い、委員長がお世話になっているようで。ありがとうございます」 緩む頬を隠すように、これからもウチの息子をよろしくお願いしますという親の心持ちで頭きれいに下げる副委員長。 「ははっ、いーて。下心あるし」 下心? 会長の口から出るには似つかわしくない言葉に、副委員長は顔をあげる。疑問の視線に気づいた会長が、衝撃の事実を告げた。 「あぁ、惚れてんだよ。委員長に」 「……………え?」 「つっても、とっくの昔にフラれてるけどな」 「はぁっ!?」 ガバァッとカウンターに身体を乗り出す。勢いに気圧された会長が、わずかに後ずさった。けれどそんなこと気にはしていられない副委員長。興奮のまま言葉を連ねた。 「惚れてって…ふ、フラれって…か、会長が委員長にっ!?」 「お…おー。中学ん時に」 「な、な、なぜっ!?」 「なぜって……あいつ、良いぞ。めんどくさがりだけど、すごく良い」 その妙に実感のこもった言葉に副委員長はふらりとよろめいた。 「………会長がフラれるだなんて…信じられない……」 「付き合うの面倒って言われたなー」 あの野郎。 あの大馬鹿野郎。 悔しさのあまり副委員長はカウンターに突っ伏すと、力の限りに拳を打ち付けた。自分が二人をくっつけようと、どれだけ気を揉んでいたことか。 それがまさか、委員長自らぶったぎっていたなんて。 「お似合いなのに……」 「マジで?っしゃ。……ありがとな」 喜びの声を聞き、ああ本当にこの人は委員長のことを好いてくれてるんだなと感じたら、何だか副委員長は泣きたくなった。 ふった相手に飯を作らせてるなんて。応える気のないくせに抱き締めたり、あまつ同じベッドで寝たりするなんて。委員長の面の皮の厚さと、会長のひたむきさに副委員長は目じりをハンカチで拭う気持ちだった。 「何かもうすみません。もう本当に委員長がすみません」 「副委員長が謝ることじゃないだろ?今の状態にわりと満足してるし」 ただ胃袋だけはおさえとこうと思ってな。 そう、笑って言う会長に、副委員長はただただ申し訳なさが募る。もう本当に、委員長の意識改革をまずは行わなければ。病人だからとか言ってらんない。 「それより、見舞いに来たんだろ?顔見なくて良いのか?」 「あ」 「ははっ、悪いけどドア開けてくんねぇ?」 当初の目的をすっかり忘れていた副委員長は、会長の言葉にはっとした。ちょうどお粥を作り終え、両手の塞がった会長に代わり、寝室のドアをノックし開いた。 「委員長、お邪魔します」 「んー?あー…おはよ?」 先ほどの話を聞いたばかりだと、のんきな表情に苛立ちしか湧かない。 「具合、どうです?」 「へーき」 「お粥、できたぞ。食うだろ?」 「おー。あんがと」 「自分で食えるか?」 「うんにゃ。楽が食わせて」 「ん。ほら、熱いから気を付けろよ」 ベッド脇に腰かけた会長が、レンゲで粥をすくい息を吹きかける。それを委員長の口元へと運ぶ。躊躇いも照れも、違和感すらなく委員長は会長の手ずから粥を食していく。 いわゆる、ふーふーあーん。である。 副委員長はその場に膝をついた。 惚れてる。フラれた。付き合ってない。だと言うのに今目の前で繰り広げられている光景は何だと言うのか。 「はー。自分で食わなくて良いって、楽」 「本当、面倒くさがりだなぁ」 「今さらだろ?」 もうとっとと付き合ってしまえ!むしろ結婚しろ!副委員長の、そんな心からの叫びは、二人に届くことはなかった。 <> [戻る] |