バイト
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店長が戻ってきたとの連絡があったので、さっそく店に行ってみた。休業中のフダはかけられたままだったけど、人の気配はする。
裏口の鍵があいてたので、中に入った。
「今日は」
「あぁ、半君。久しぶり」
「……何してるんですか?」
「ん?………家捜し?」
こないだ来た時に片付けたはずの事務室が、何故か店長自らの手で荒らされてた。
「カップメンかなんか食べようと思ったんだけどさぁ、久しぶり過ぎて何がどこにあるか忘れちゃって」
「……カップメン?全部持ってったんじゃ?」
「そうだっけ?じゃあ何か作ってよ」
「……はい」
けど、ほとんどダメになってたから捨てたんだよね。パスタはあるか。あと缶詰関係。何とかなりそう。
片付けは後回しにして、キッチンに向かう。
「半君、夏休みどうだった?」
「……左京から聞いてない?」
「ん?うん。特には。何かあった?」
「んー…ずっと引きこもってた」
他人様の家に。
「あぁ、また?じゃあまた心配かけたんだ」
まぁ、心配はかけた。何故か行方不明扱いになってたみたいで。連絡、ちゃんといれてたのに。
店長は左京の友人で、そのつてでバイトさせてもらってる。だから家の事も知っている。
因みに丁というのはオレのつけた呼び名。初めて会った時に何て呼ばれてるかわかるー?って訊かれて思い付いたのがそれだった。何故か気に入られて、定着した。
そして、お返しとばかりにつけられたあだ名が半。
丁半賭博。
「フリでも外に出とけば良いのに。遊びに行ってきますって。出ときゃ何してんだかわかんないんだから」
「んー…」
むしろ今回は出たきり戻らなかったから心配かけたのだけれど。まぁ、説明面倒だし、いいか。
「丁さんは?旅行、どうだった?」
「旅行じゃなくて、買付に行ってたんだけどー。楽しかったよ。沢山仕入れてきたから、後で目録作っといて」
「わかった」
今更だけど、平日の昼間に顔を出したのに何も言われない。気づいてないのかなんなのか。
「はい。お待たせ」
「わ〜い。ありがとー……あれ、でも去年は友達と遊びに行ったって言ってなかったけ?」
「ん?友達じゃないよ」
「えっ!?」
何を言っているのだろうと首をかしげたら、軽く引かれた。……何なんだろう。
「オレの友達じゃなくて、サエさんの友達。オレはサエさんに連れてかれてただけたよ」
「……半君、実は冷たいよね」
「まぁ、優しくはないけど……」
話ながら店長が荒らした後片付けをしている。
「サエさんて?」
「あれ?知らない?三枝沙紀。未紗さんの妹」
「あぁ!話は聞いてる。友達じゃなくて家族みたいなもんか。仲良くできてるんだね」
まぁ、特に間違ってるわけじゃないから何も言わない。微妙な所が違うのだけど。
「今年はそのサエさんにどこにも連れてかれなかったんだ?」
「そもそも、家に帰ってなかったみたいだし」
「ん?みたいって?」
あ、しまった。まぁ、隠すようなことでもないけど。
「オレもずっといなかったから」
「引きこもってたんじゃないの?」
「うん。他所の家に」
「え〜?何それ」
確かに、言ってて自分でも何か変な感じがした。実際言葉にしてみるとかなりおかしな状況だ。
ふと見ると、皿が空になっていたので下げる。
「あぁ、ごちそうさま」
「お粗末さま」
「他所の家って、もう一人の恩人さん?」
「違うよ。その人は今仕事でアメリカ行ってる」
助けてもらったわけだから、シキも恩人になるけど、丁さんの言っているのは別人だ。
「でも、特に友達いないんでしょ?どこにいたの?」
「……知り合ったばかりの人?」
知り合ったのは目が覚めてからだから、実際に家に上がった時にはまだ知り合ってなかったけど。
「……何か危なっかしい感じがするんだけど。知らない人についてっちゃダメですって習わなかったー?会ったばかりの人なんて、どんなに意気投合しても、まだほとんど他人みたいなものだよ」
意気投合も何もせずに他人の家に居すわっていたのだけれど。
知らない人に、か。教わったのは中学上がってからぐらいだから、手遅れだよな。
「………大丈夫。ついてったんじゃなくて、拾われたから」
「……落ちてたの?」
「うん。落ちてた」
物理的にも、精神的にも。深く暗い所に沈んで落ちていた。それを、拾い上げてくれたのがシキ。偶然だけど。何をしてくれたわけでもないけど。本人は知らないけれど。
「……落とし物か。この場合、本来の持ち主って誰になんの?」
「さぁ?」
洗い物も終わったし、さてと。
「丁さん、仕入れた物どこ?」
「え?もう仕事に取りかかる気?」
「うん」
「もっと話し相手になってよー。日本語話すの久しぶりだから、もっと話したいー」
テーブルの上に突っ伏して駄々をこねるいい年した大人。おかしいな。この人確か左京と同い年のはずなんだけどな。
「久しぶりって、京君も一緒にだったんじゃないの?」
「一緒だったけど、話し相手になってくれると思う?」
「思わない」
京君は丁さんに対して容赦ないから。冷たくあしらってる様子がありありと思い浮かぶ。
ただ話したいだけで、内容に全く興味がないのはわかっていた。かといって、ここで話し相手になるつもりはない。丁さんほっといて、荷物の置いてあるであろう場所へと向かう。
一息ついて事務室に戻ると、丁さんはちゃんと仕事をしていた。どこかに電話をかけている。
「―――はい…はい、それでは、よろしくお願いします。失礼いたします」
受話器を置くと、こちらに振り返った。
「あぁ、半君。ちょうどいいところに」
「なんですか?」
「ちょっと買い物お願い」
そう言って、買い物リストとお金を渡された。
「なかったら、何か適当に買ってきて」
「はい」
さっさと済ませようと戸口に向かうと、ドアが勝手に開いた。
「ただいま―――」
「あぁ、おかえり」
「っ!?半…さん?お久しぶりです」
「うん。久しぶり」
オレの姿に気づいて後ずさったのは京君。ランドセルの眩しい小学生。
少しずれてあげると、脇を通り抜けて中に入る。
「おかえり」
「ただいま」
ランドセルをテーブルの上へ置くと、京君は己の保護者がしなかった問いかけをした。
「半さん、今日は早いですね。学校は?」
「あぁ、そういやそうだね。わざわざサボってまでして会いに来てくれたの?」
京君が胡散臭そうな目で丁さんを見上げてる。
「サボったんじゃないよ。オレ、もう留年決まったから」
「えっ!?」
「あれまぁ」
「じゃあ、買い物行ってきます」
「ほいほい。気を付けてねぇ〜」
さらっと流した丁さんとオレとを、京君が大きく見開いた目で何度も見比べていた。
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