バイト □□□□□ 店長が戻ってきたとの連絡があったので、さっそく店に行ってみた。休業中のフダはかけられたままだったけど、人の気配はする。 裏口の鍵があいてたので、中に入った。 「今日は」 「あぁ、半君。久しぶり」 「……何してるんですか?」 「ん?………家捜し?」 こないだ来た時に片付けたはずの事務室が、何故か店長自らの手で荒らされてた。 「カップメンかなんか食べようと思ったんだけどさぁ、久しぶり過ぎて何がどこにあるか忘れちゃって」 「……カップメン?全部持ってったんじゃ?」 「そうだっけ?じゃあ何か作ってよ」 「……はい」 けど、ほとんどダメになってたから捨てたんだよね。パスタはあるか。あと缶詰関係。何とかなりそう。 片付けは後回しにして、キッチンに向かう。 「半君、夏休みどうだった?」 「……左京から聞いてない?」 「ん?うん。特には。何かあった?」 「んー…ずっと引きこもってた」 他人様の家に。 「あぁ、また?じゃあまた心配かけたんだ」 まぁ、心配はかけた。何故か行方不明扱いになってたみたいで。連絡、ちゃんといれてたのに。 店長は左京の友人で、そのつてでバイトさせてもらってる。だから家の事も知っている。 因みに丁というのはオレのつけた呼び名。初めて会った時に何て呼ばれてるかわかるー?って訊かれて思い付いたのがそれだった。何故か気に入られて、定着した。 そして、お返しとばかりにつけられたあだ名が半。 丁半賭博。 「フリでも外に出とけば良いのに。遊びに行ってきますって。出ときゃ何してんだかわかんないんだから」 「んー…」 むしろ今回は出たきり戻らなかったから心配かけたのだけれど。まぁ、説明面倒だし、いいか。 「丁さんは?旅行、どうだった?」 「旅行じゃなくて、買付に行ってたんだけどー。楽しかったよ。沢山仕入れてきたから、後で目録作っといて」 「わかった」 今更だけど、平日の昼間に顔を出したのに何も言われない。気づいてないのかなんなのか。 「はい。お待たせ」 「わ〜い。ありがとー……あれ、でも去年は友達と遊びに行ったって言ってなかったけ?」 「ん?友達じゃないよ」 「えっ!?」 何を言っているのだろうと首をかしげたら、軽く引かれた。……何なんだろう。 「オレの友達じゃなくて、サエさんの友達。オレはサエさんに連れてかれてただけたよ」 「……半君、実は冷たいよね」 「まぁ、優しくはないけど……」 話ながら店長が荒らした後片付けをしている。 「サエさんて?」 「あれ?知らない?三枝沙紀。未紗さんの妹」 「あぁ!話は聞いてる。友達じゃなくて家族みたいなもんか。仲良くできてるんだね」 まぁ、特に間違ってるわけじゃないから何も言わない。微妙な所が違うのだけど。 「今年はそのサエさんにどこにも連れてかれなかったんだ?」 「そもそも、家に帰ってなかったみたいだし」 「ん?みたいって?」 あ、しまった。まぁ、隠すようなことでもないけど。 「オレもずっといなかったから」 「引きこもってたんじゃないの?」 「うん。他所の家に」 「え〜?何それ」 確かに、言ってて自分でも何か変な感じがした。実際言葉にしてみるとかなりおかしな状況だ。 ふと見ると、皿が空になっていたので下げる。 「あぁ、ごちそうさま」 「お粗末さま」 「他所の家って、もう一人の恩人さん?」 「違うよ。その人は今仕事でアメリカ行ってる」 助けてもらったわけだから、シキも恩人になるけど、丁さんの言っているのは別人だ。 「でも、特に友達いないんでしょ?どこにいたの?」 「……知り合ったばかりの人?」 知り合ったのは目が覚めてからだから、実際に家に上がった時にはまだ知り合ってなかったけど。 「……何か危なっかしい感じがするんだけど。知らない人についてっちゃダメですって習わなかったー?会ったばかりの人なんて、どんなに意気投合しても、まだほとんど他人みたいなものだよ」 意気投合も何もせずに他人の家に居すわっていたのだけれど。 知らない人に、か。教わったのは中学上がってからぐらいだから、手遅れだよな。 「………大丈夫。ついてったんじゃなくて、拾われたから」 「……落ちてたの?」 「うん。落ちてた」 物理的にも、精神的にも。深く暗い所に沈んで落ちていた。それを、拾い上げてくれたのがシキ。偶然だけど。何をしてくれたわけでもないけど。本人は知らないけれど。 「……落とし物か。この場合、本来の持ち主って誰になんの?」 「さぁ?」 洗い物も終わったし、さてと。 「丁さん、仕入れた物どこ?」 「え?もう仕事に取りかかる気?」 「うん」 「もっと話し相手になってよー。日本語話すの久しぶりだから、もっと話したいー」 テーブルの上に突っ伏して駄々をこねるいい年した大人。おかしいな。この人確か左京と同い年のはずなんだけどな。 「久しぶりって、京君も一緒にだったんじゃないの?」 「一緒だったけど、話し相手になってくれると思う?」 「思わない」 京君は丁さんに対して容赦ないから。冷たくあしらってる様子がありありと思い浮かぶ。 ただ話したいだけで、内容に全く興味がないのはわかっていた。かといって、ここで話し相手になるつもりはない。丁さんほっといて、荷物の置いてあるであろう場所へと向かう。 一息ついて事務室に戻ると、丁さんはちゃんと仕事をしていた。どこかに電話をかけている。 「―――はい…はい、それでは、よろしくお願いします。失礼いたします」 受話器を置くと、こちらに振り返った。 「あぁ、半君。ちょうどいいところに」 「なんですか?」 「ちょっと買い物お願い」 そう言って、買い物リストとお金を渡された。 「なかったら、何か適当に買ってきて」 「はい」 さっさと済ませようと戸口に向かうと、ドアが勝手に開いた。 「ただいま―――」 「あぁ、おかえり」 「っ!?半…さん?お久しぶりです」 「うん。久しぶり」 オレの姿に気づいて後ずさったのは京君。ランドセルの眩しい小学生。 少しずれてあげると、脇を通り抜けて中に入る。 「おかえり」 「ただいま」 ランドセルをテーブルの上へ置くと、京君は己の保護者がしなかった問いかけをした。 「半さん、今日は早いですね。学校は?」 「あぁ、そういやそうだね。わざわざサボってまでして会いに来てくれたの?」 京君が胡散臭そうな目で丁さんを見上げてる。 「サボったんじゃないよ。オレ、もう留年決まったから」 「えっ!?」 「あれまぁ」 「じゃあ、買い物行ってきます」 「ほいほい。気を付けてねぇ〜」 さらっと流した丁さんとオレとを、京君が大きく見開いた目で何度も見比べていた。 <> [戻る] |