人形展にて
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シキに呼び出されて出かけたら、シキは何やら風呂敷包みを手にしていた。それも唐草模様の。大きさもほどよい感じで、これで背負っていたらときめくなと思った。シキには似合わないけれど。
当のシキは何やら様子がおかしくて。どこかぼんやりしているような。すぐにいつも通りになったけれど。
一体何があるのかとついていった先は、以前月都がくれたチラシの人形展だった。
さほど広くはない会場。明日が最後だからか、それなりに人はいる。ただ、多くはなく、静かでゆったりとした空間になっていた。
チケットはあるということで、そのまま中に入る。チケット二枚、用意してあった。誰かと来るつもりで、ダメになったのだろうか。
誰かってか、きっと恋人だろうな。そんなことを思いながら、展示物を眺める。
設計図などの図解も充実していて、一つ一つじっくりと見ていたらシキの姿が消えていた。先に行ってしまったのか、置いてきてしまったのか。どちらにしろ、先に帰ってしまうことはないだろうと、そのまま観覧を続けた。
一通り見て回り、売店スペースに行くとシキがいた。関連書籍を手に、商品を眺めている。声をかけると、もう良いのかと訊かれた。
「うん。それ買うの?」
「ああ。お前は?」
「んー…」
ざっと辺りを見回す。
「いい。でもそれ後で見せてもらって良い?」
「ああ」
ふっと、シキが笑みを浮かべた。何だかそれが嬉しくて、オレも笑みを浮かべる。会話は途切れて、でも満たされた空気。
「ん?……お!四季崎!」
「あ?」
それを壊したのは突然かけられた声だった。シキの顔が不審げに歪む。その視線を追って振り向くと、見ず知らずの人がいた。小柄な、高校生ぐらいの人。どうもシキの知り合いのようだ。
「何やって……あ、その子もしかして例の椿……君?」
目を見開きこてんと大きく首を傾けて問われ、戸惑いながらもお辞儀する。例のって、オレの話をしたことがあるのだろうか。何か、気になる。
とりあえず話の邪魔にならないよう、一歩二歩距離をおく。けれど、
「椿、行くぞ」
「え?」
「ちょっ、ちょっ、紹介してくんねぇの?」
シキはくるりと踵を返し、立ち去ろうとした。その人が慌ててシキの腕をつかみ、強引に振り向かせる。
「離せ」
「紹介してくれるって約束したじゃんか」
「してねぇ」
「いーじゃん。なー。椿君?もそう思うよな?」
えー…っと…、どうすれば良いのだろう。
シキは腕を振りほどこうとしているみたいだけど、よほど強く握っているのか離れる気配はない。それどころか、ゆらゆらと揺らされている。
なーと笑いかけられても返答に困る。どういう関係なのか気にはなるけど、シキは関わってほしくないようだし。と言うか、志渡さんの時も渋ってたよな。そう考えると、トメや悟さんとは本当に仲が良いんだ。ただの腐れ縁って言ってたけど。
「いいから離せ」
「ケチ。ドケチ。じゃーもう良いもんね。自分で挨拶すっから」
パッと手を離し振り向いたかと思うと、にっこり笑みを浮かべて口を開いた。
「初めまして椿くん。オレは四季崎と……むぐっ」
皆まで言う前にシキがその口を塞いだ。
「椿。これ頼む」
持っていた本を財布と共に渡される。不機嫌そうに。
「あ、うん」
「先、外出てる」
「わかった」
シキは口を押さえつけたまま、引きずるようにして去ってしまった。何だったのだろう。そこまでして関わってほしくないのか。
ぼんやりと会計を済ませ、出口に向かう。ガラス戸の見えるところまで行き、足が止まった。
二人が話しているのが見える。関わらせまいと用を頼まれた。なら、まだ近づかない方が良いのかな。
シキは背を向けているので、どんな表情で話しているのかわからない。
やがて、小柄な人がこちらに気づき、手招きをした。小さく深呼吸して、外に出る。
「………これ」
「悪い。助かった」
シキは変わらず不機嫌そうだったけれど、本と財布を渡すと表情が緩んだ。それに少しだけ安堵する。
何となく、これでもしオレが月都だったら頭を撫でてもらえたのかなとか思った。別に、撫でてほしいとかではないけれど。
「四季崎」
「わかってる……つってももう知ってんだろ」
「いいから、いいから」
小柄な人に急かされて、シキが大きくため息をつく。
「こいつは椿。親戚。あの絵のモデル。一緒に暮らしてる。で、椿。こいつは………………御堂?」
「御影。御影な。御影文」
御影さんがあり得ないと言う表情でシキの事を見ている。
「………御影さん?」
「覚えるな」
「何それ!?てか紹介それだけ?」
「何もねぇだろ」
まぁ、名前もろくに覚えてない間柄なら説明もできないだろうけど。それにしては親しく見える。本当にどういう関係なんだろう。
「あるだろ?親友ですとか」
「親友?」
「誰がだ」
「まぁ、冗談だけど」
からからと笑う御影さん。シキが盛大に息を吐く。
「椿。学祭のグループ展示に人形あったろ。髪伸びそうなやつ」
「うん」
「あれ、こいつ」
「え?」
あ、大学生なんだ。
「なぁ、四季崎。夏休みん時の噂って椿くんだろ?」
「ああ」
「噂?」
何の事だろうかとシキに視線を向けると、気にするなと肩を竦められてしまった。
「さて、椿くん。ここからが本題なのですが」
「はい」
「モデルとか興味……」
「ありません」
「………………」
つい、言葉をぶったぎって返事をしてしまった。まぁ、いっか。御影さんは笑顔のまま凍りついたけれど。
「えー…っと、モデルと言っても雑誌とかのじゃなくてな。オレ人形作っててそのモデルを是非」
「遠慮します」
「堅苦しく考えないでさ。なんだったら写真とらせてもらえればそれで良いし」
「ごめんなさい」
「ちゃ…ちゃんとモデル料も払うよ?」
「お断りします」
がくりと地べたに膝と手をつく御影さん。どうしようとシキに視線を向ければ、何やら機嫌が良さそうに見えた。
「無理強いしねぇつったよな」
「言った。言ったけれどもっ」
ガバッと顔を上げた御影さんに気圧されて、心持ちシキの方へとすりよる。
「せめて理由を!」
「えっと、そういうの苦手なので」
「四季崎の絵のモデルはやったのに?」
「それとこれとは話が別です」
「とこがっ?」
大声を出してからふぅと息をつく。そうしてようやく立ち上がり、膝の埃を払う。
「まぁ、無理強いしないつったからな。今日のとこは諦めよう」
じとりとした目で見られ困惑する。てか、今日のとこはって。
「実物見れば気が変わるかもだし。これ、うちの店。今度来て」
財布から取り出した名刺を渡される。
「店?」
「そー。うちドールショップやってて。隅に置かしてもらってんだ。だから今度見に来て」
「じゃあ、機会があったら」
名残惜しそうに去っていく御影さんを見送る。隣から疲れきったため息が聞こえた。
「行くのか?」
「んー機会があったら?」
「………あるのか?」
「さぁ?」
くつくつと楽しそうに笑われてしまい、苦笑する。
「そんなに嫌か」
「嫌って言うか…苦手。会ったばかりの人だし」
何となく、楽しそうな人だなとは感じた。けど、シキの様子を見る限り、もう会う機会はなさそうだな。
そんなことを思いつつ、手元の名刺を眺めた。
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