チケット
■■■■■
「これ」
「………………」
はいと差し出された包みを見つめる。唐草模様の風呂敷。ぱっと見包まれているのは柔らかい物。おそらくは布だろう。
視線を上げ、差し出している人物を見る。一体何なんだと目線で問えば。そいつはああと言葉を付け足した。
「これも」
そう言って差し出された物に反応しかける。二枚あっても仕方ないからと、一枚を椿に渡したチラシ。その展示会のチケット二枚。
「学祭の時の絵、やっぱ気に入ったって。で、これ着た絵お願い」
こっちはおまけと、チケットを示す。
そういうことかと納得し、包みを受け取った。
「他は任せるって」
「了解」
「後、描き終わったらそれ好きにして良いって」
ずしりと重たい包みに視線を落とす。流れからすると着物なのだろう。一体どんな柄なのか。自分が見立てた物ではないということに、わずかな抵抗を感じるが。
「んじゃ」
「……四季崎、さぁ」
「あ?」
話は終わりと立ち去ろうとしたら、声をかけられた。振り返ると、じっと、まっすぐに見つめられる。何かを確かめるような視線に、眉をひそめる。
奴は口を開きかけ、けれどすぐに閉じた。
「何だよ」
「あー…やっぱいいや」
興味をなくしたとばかりに外される視線。本当に何なんだこいつは。今度こそ立ち去ろうと背を向けると、再度声をかけられた。
「四季崎、それどうするかよく考えた方が良いよ」
「は?」
「何でもなーい。じゃーねー」
ひらひらと手を振りながら去る後ろ姿を見送る。何なんだ一体。意味がわかんねぇ。今に、始まったことじゃねぇが。
短く息を吐く。
大体、どうするもこうするもこれ着た絵描けってんならしばらく置いとくしかねぇじゃねぇか。そもそも、せっかく描かせろつったのに、手元に残らない絵を描くはめになるとは。
まぁ、良い収入になるから断る気もねぇけど。
ずしりと重さを主張する包みを見やる。
着物。
どんな柄のを用意したのか。描きたい構図は決まっている。それに合えば良いのだが。
―――一人占め。
不意に先日のことが思い出された。
事あるごとに押し掛けてくる馬鹿を避け、家を空けるのは決定事項だった。その間、椿をどうするか。
上げるなと言っても、下手に家にいれば接触は避けられない。だからと言って、一時的とはいえ、帰れだなんて言いたくなかった。
結果、できる限り傍にいさせることに。何も予定のないはずだったから、用があると言われたのは予想外だった。
できることならば、昼も一緒にとりたかった。だが、まぁ、仕方がない。何も確認せずに連れ出したのだから。
理由を、言うつもりはなかった。だから、祝いの言葉を告げられた時は頭が真っ白になった。
わけのわからないままついてきた風だったし、知っている素振りなどなかった。なのに、日付の変わる瞬間。最後の最後に。
隠すつもりはなかった。教えるつもりもなかった。わざわざ言うようなことではない。ただ、わからないままでも共に過ごせればそれで満足だった。
なのに。
―――おめでとう?
疑問符付きの祝辞。しかも、あんな台詞をあんな表情で告げられて。あんな、嬉しそうな顔で一人占めだなんて。
どうして良いかわからなくなった。
わからないまま、聞き出した誕生日はとっくに過ぎていて。おめでとうと言われたのに、言うことはできないのだとわかった。
その頃にはきっといなくなっている。
おそらくは冬の終わり。遅くても春先には椿は出ていく。
それとも、年末に帰省してそれきりだろうか。
「………」
ただの同居人。出ていけば会う機会はなくなる。アドレスは交換したけれど、使うことはない。今だって、連絡をとることはないのだ。
春になれば椿は出ていく。
そして見たことのない制服を着て、どこかの学校に通い、授業に出て、バイトに行き、知らない女とデートして、家に帰る。その帰る家はオレの所ではなく、光太やあの忍のいる場所で。
その日常に、オレはいない。
それでも、きっとサキの奴は隣にいるのだろう。ヤエとは連絡をとり続けるのだろうか。その位置を、望むわけではないけれど。
帰っても誰もいない部屋。自分で用意して、一人でとる食事。それが当たり前だったのに。当たり前に、なったのに。
歩みを止め、窓の外を眺める。
冬の寒空の下、葉をなくした木の頭が見える。細い枝先。手を伸ばしても届きはしないが。
のばそうとして動かなかった手。触れられるほど、近くにいたのに。
どうしてかなんて事はわざと頭から外し、一度だけ触れた質感を思い出す。月都やセンパイの方がよっぽどよく触れている。けれど、いつまでも残っているのは椿のそれ。
ゆっくりと息を吐き出す。
一体何を考えているのか。今考えるべきはこの着物の事。どんな柄なのか。どんな構図にするか。紙の大きさはどうするか。
どんな、表情の絵になるか。
………堂々巡りのように、椿の事が浮かぶ。
深夜のファミレスでの光景。夏の夜の公園での絵のように、目に焼き付いて離れない。受ける印象は、まるで正反対だというのに。
そう言えば、なぜあんな表情をしていたのだろうか。その空気に気をとられ、今まで気にしたことがなかった。
旅をしようとしていたとは聞いた。熱を出し倒れたのは言うまでもない。ただ、あの時の表情は体調不良から来る辛さなどではなかった。
一体、雨の中何を思って突っ立っていたのか。
なぜあんな表情をしていたのか。
あんな、
―――へぇ、おもしろそう。
トゥルルルトゥルルル……ピッ。
「………………今から、出てこれるか?」
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