おまけ・謎の少年
■□■□■
手の中の携帯をじっと見つめる。待っている相手からはメールも着信もない。ただただじっと携帯を見つめる。
「…………悟、辛気くさい」
「はっ……悪い」
「そんなに気になるなら、電話すりゃいいじゃん」
「…………」
気にしてなんかいない。大体、こっちからかけたら負けたみたいじゃないか。そもそも、用があるのは向こうなのだ。着信があったのに気づいた後、一度だけかけたら繋がらなかったわけだし。
不在着信じゃなかったから出たはずだが、何を話したのかほとんど記憶にない。一体何の用だったのか非常に気になる。だが、一切連絡はなかった。
決して、相手がどうこうだとか、遅い時間だったからとかで心配しているわけではない。絶対に。ただ、単純に何の用だったのかが気になるだけだ。
変な時間に珍しく電話をしてきたくせに、その後全く音沙汰なしとはどういう了見なのか。
自分が気にすることではない。本来ならば向こうが気にするべき事。そう言い聞かせて、携帯を脇に放り投げた。
「宿題はすすんでる?」
「ん〜?まぁボチボチ」
「何か最近、ここに勉強しに来てる気がするのは気のせいかな?」
「気のせいじゃないよ」
宿題から顔を上げもせずあっさりと答えた。確かに、学生の本分は勉強で、だから宿題に真面目に取り組むのは間違っていない。だが、恋人の家で、恋人に一切構うことなく集中するのはいかがなものか。
付き合い始めたばかりなのだから、もう少し甘い空気になっても良いはずなのに。
「だって、ここならわからないとこあってもすぐ聞けるじゃん」
「……もしかして、オレと付き合ってるのって無料の家庭教師になるからか?」
「は?まっさか。だって、悟が頭良いなんて思ってなかったもん」
「…………」
それはそれで、ショックなのだが。
「……ん?あ、ちょっと図書館行ってくる」
「え?」
「読書感想文。本まだ読んでなかった。ついでに今日はもう向こうで勉強してくる」
「本ならここにもある」
「課題図書に入ってそうなのないじゃん。」
確かに。
見送りなんていらないと言うのを強引についていき、マンションの外で別れた。ついでにこのまま出かける。目的地は行きつけの喫茶店。
連絡をしてこない相手も、そこを行き着けとしているので、うまくすれば会えるかもしれない。別に、会うのが目的なわけではない。あくまでも、ひまつぶしが目的だ。
誰が何と言おうとも。
黙々と歩いていたら後ろから声をかけられた。
「悟」
「ん?トメか」
「シキに会ったか?」
小走りに寄ってきた男を見上げる。開口一番がそれか。
「いや。何か用なのか?」
「あ〜……いや、なら良いんだ。用って程じゃねぇし…」
視線が泳いでいる。白々しいことこの上ない。
「……何かあったのか?」
「……いや」
「…………」
「…………」
無言の圧力に耐えきれなくなったトメが逃げ出す。その後を追う。
「何かあったんだな」
「…………」
「何があったんだ」
「何もねぇって」
「嘘つけ」
どうやら目的地は同じだったらしく、問いつめている内に馴染みの喫茶店シャーウッドに着いた。ドアを開け、中に入ったところでトメの動きが止まる。
奥のカウンターを見て、同じく動きが止まった。
いつもの場所にいつもの様にシキが座っている。それはいい。
けれどその隣にやたら綺麗なコが座っていた。整った顔立ち、少し長めの髪が儚さを際立たせている。まだ暑いというのに、薄手とはいえ長袖を着て。
誰だ。こいつ。どうしてそこに座ってるんだ。
「よう」
「…あぁ……こいつは?」
「椿」
トメの問いかけにシキが簡潔すぎる返事をする。紹介にも説明にもまるでなっていない。
「椿、眼鏡の方は悟。役に立たない。でかい方はトメ。頼りになる」
何なんだ、その紹介は。どうしてオレが役に立たなくて、トメが頼りになるんだ。
「……シキの友達?」
「いや、腐れ縁だ」
「ふぅん」
「……そう言う君はシキとどんな関係なんだ?」
やたら馴れ馴れしく椿がシキに話しかける。それを邪魔するように問いかければ二人が顔を見合わせた。そのやり取りが何だか面白くない。
「……シキの弟」
「……は?」
「…………」
すぐ横からトメの間の抜けた声が聞こえる。当たり前だ。シキに弟がいるだなんて初耳なのだから。カウンターの中にいるマスターも、話が聞こえていたのだろう。ポカンとしている。彼が知らないのなら、弟であるはずがない。
「…………何だ、それは」
「説明面倒だし。ダメ?」
「……………………好きにしろ」
好きにさせるな。
つーか、しゃあしゃあと嘘つなよ。隠す気ないのか。面倒でもきちんと説明しろ。儚げな印象とは裏腹に随分とふてぶてしい。
「……夏休みだからシキのところに遊びに来てる」
その言い方だとシキの所に泊まっているみたいではないか。そんなこと、あるわけないのに。
「……シキ。こいつが例の奴か?」
トメが座ってシキに訊ねる。例の、とは何なのか。トメはこいつのことを知ってるのか?オレは初耳だというのに。先程、口を濁していたのはこいつのことなのだろうか。
「なん……」
言いかけた言葉を飲み込み、トメこちらを見上げる。オレと椿を何度か見比べた後、立ち上がる。何をやってんだか。
「椿。ちょっと来い」
一度、シキを見てから椿がトメの後を追って店を出る。ドアが閉まるのを見届けてから、椿が座っていた席に腰を下ろす。
「シキ」
「んだよ」
「あれは……」
いいかけてふと、目の前のカップが視界に入った。目障りなので横にどかし、シキを見る。
「あれは、何なんだ」
「……説明したろ」
「説明になってないだろ。大体、弟って言ってたじゃないか」
「だな」
「お前、弟なんかいないだろ」
「くくくっ……」
あぁ、ダメだ。こいつ楽しんでやがる。この嘘になのか、こちらの反応にかはわからないが。
「シ……シキ君?」
「ん?」
「僕も、初耳なんだけど……?」
おずおずとマスターが声をかけてくる。若干、青ざめた顔で。
「だろうな」
「え?あの子、高校生か中学生ぐらいだよかね?」
「あぁ」
「か……隠し子?今更?てかどっちの?」
動揺を隠しきれていないマスターに、少しだけ同情する。
「……隠し子って…マスター、本気にしてるんですか?」
「え?」
「説明が面倒って言ってたじゃないですか。でたらめですよ」
「あ、よかった。頭、真っ白になっちゃって…」
「で?あれは何なんだ?まさか、店の前で会ったってわけじゃないんだろ?」
「まぁな」
「名前は?」
「だから、椿」
「フルネーム」
「知らね」
「……どこの誰なんだ?」
シキが軽く肩をすくめる。ごまかしている様子はない。まさか本当に何も知らないのか?慎重に言葉を選んで訊ねる。
「……どういう知り合いなんだ?」
「一ヶ月近くウチにいる」
「ウチって…四季崎の家にか?」
ならば、マスターに問い合わせてもらえばすぐに身元が割れる。そう思ったのもつかの間。次の言葉に一気に体温が下がった。
「いや。オレのとこだ」
「……………………は?」
何てこと無いように告げられたが、頭が追いつかない。
一ヶ月近く?シキの所に?
…………同棲?
いやいやいや。ありえない。慌てて浮かんだ言葉を打ち消す。
「…………一緒に、暮らしてるのか?」
「あいつが勝手にいついてるだけだ」
「追い出せばいいだろ」
「いいだろ。別に」
良くない。てか、納得できるか。
恋人はおろか、オレですら一度しか行ったことがないうえ、すぐに追い出されたというのに。見ず知らずのガキが一ヶ月近く住み着いているだなんて。
「大体、どういう経緯でお前の所にいるんだ。突然降ってわいたわけじゃないだろっ」
「似たようなもんだ」
「シキ君の所って……普段何してるの?」
「さぁ?飯作ったり…外、出たのは始めてだな」
……軟禁?
「もしかして、椿くんて家出中?」
「いや、違うんじゃねぇか」
「でも……家に帰ってないんだよね?親御さんはシキ君の所にいるって知ってるの?」
マスターの真面目な質問に、軽く肩をすくめて答える。こいつ、何も考えてない。
「お前、それ下手したら犯罪だぞ?大体、何で家出少年なんか匿ってんだ?」
「拾った」
「拾ったって、犬猫じゃないだろ」
「……どーでもいいだろ。この酔っぱらいが」
「誰がいつ酒を飲んだ。てか、一人暮らしが寂しくなったなら、あんな奴囲わずにオレのトコに……っ!?」
突如イスを思いっきりけとばされ、バランスを崩しかける。
「シキ君っ、店の備品壊さないでっ」
「チッ」
「マスター、そっちの心配っ?」
自分の発言に気がついたマスターが、気まずそうに視線をそらした。
「と……とにかく。シキ君の交友関係に口を挟む気はないけど…椿君については色々と不安があるので、後でウチに来なさい」
「…………あ?」
「じっくりと話し合おう」
「んでだよ。大体、家出っつぅなら、あいつだってしてたろ」
「真理亜さんは…放任主義だから……」
「サキだって今、泊まり歩いてんだろ?」
「みたい…だな。けどウチには泊めてない」
「それに、家出だとしてもそれはあいつの問題であってオレは関係ない。話ならあいつにしろ」
一ヶ月近くも泊めといて、関係ないなんて言い切るな!
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