先生のアドバイス
職員室はできれば避けたいけれど、今日の授業中上の空だったから仕方がない。ドアの前で一つ深呼吸し、ノックする。
「失礼します」
ドアを開けて、サッと中を見回す。姿がないのに安堵し、それからすぐに別の姿を探す。目的の人はすぐに見つかった。
「……ホヅミ先生、今いいですか?」
「い、一城君?どうしたの?」
「少し確認したいことがありまして」
告げれば、途端に安堵した様子を見せた。
「どこ?」
持参した教科書を、ホヅミ先生が見やすいように開く。頷きながら聞いているホヅミ先生に、気になる点を説明していく。
「……うん。それで問題ないよ」
「よかったです。ありがとうございます」
やっぱそうだよなと思いつつ、礼をする。
ホヅミ先生は何故か釈然としてない様子で教科書を見つめていた。
「……先生?」
「いや、何か本当に質問じゃなくて確認だったなって」
「……そうですね。まぁ、今やってるところは去年すでに教わってますし」
ハッと、勢いよくこちらを見た。
「そうだったね!一城君今のとこもう習ったんだったね!あ、もしかしてそれで授業退屈だった?今日なんか上の空だったし。一人だけ先に進めるの難しいけど、何だったら一学期中は別に課題を……」
「いえ。復習になって面白いですし、反復は大切なので。それに、今日はちょっと悩んでいることがあって」
「悩み事?」
じっと見つめられる。
相談してくれるだろうかという期待が、ありありと伝わってくる。
元々そのつもりというか、こっちが目的だった。相談事がではなく、だから授業中ぼんやりしてたのだと知らせることが。確認云々は口実だ。
「先生は旅行から帰ってきたら、何食べたいですか?」
「……どこにどれだけ行ってたのかとか、家に着くのは何時頃なのかにもよると思うけど……家に着いてからじゃなくてどっか途中で軽く食べて帰りたいかな。家着いたら何もせず休みたいかも」
「あー……」
そうか。そういうこともあるのか。
「あとは……旅先で食べたのとは違うものとか」
「違うもの」
「そう。山行って山の幸食べてきたんだったら魚貝食べたいし。ラーメンとかお好み焼きとか、こってりした物食べてきたなら、あっさりしたもの食べたいし。和食多かったら洋食とか」
「そっか」
とはいえ、向かう先に何か特産といえるような食べ物があるわけではない。参考になったようなならなかったような。でも、考え方の発想をもう少し変えてみると良いのかもしれない。
ホヅミ先生が不安そうな視線を向けてきた。
「……悩み事、解決しそう?」
「多分。ありがとうございます」
「良かった」
ふふふ、と嬉しそうに笑うのにつられ、笑みを浮かべる。
とりあえず、もう少し考えてみよう。帰ってからだと他に気を取られてしまいそうだから、図書室にでもよって。そう考えながら教室に戻ると、戸市君が待ち受けていた。オレの席に座って。
「おかえり」
「え?……うん」
「もう帰るのか?」
「図書室よろうかと思ってるけど……」
いまいち状況が把握できないまま答えると、戸市君はうんうんと頷いた。
「つまり今日は用事ないんだな。帰り支度は?」
「………まだ」
「そうか、そうか」
そう言って、勝手に他人の机の中の物を鞄に詰め始めた。
「えー……っと」
「よし。行くぞ」
「……どこに?」
廊下に出てドンドン歩く戸市君を追いかける。訊きつつも、答えはもうわかっていた。
「保健室」
やっぱり。
「……保健室は、具合の悪い人や怪我した人が行くところだから」
「このままだとオレが怪我人になる」
こちらを振り返らず、戸市君はゆっくりと首を振った。大げさに言っているのはわかる。けど、これまでのやりとりを思い返すと、拳骨ぐらいはありそうだ。
つい、押し黙ってしまった。戸市君がチラリと振り返る。からかうような笑みを浮かべて。
「まるでブラックリスト扱いだよな」
「まさか」
いくら何でもそれはない。特に問題を起こしてはいないのだから。それなのに。
「暫定ブラックリストだな」
何を当たり前のことをみたいな顔で、音無先生に言われてしまった。
「……確定ではなかったよ」
ほら見ろと言わんばかりの戸市君に一応伝えれば、大差ないと首を振られてしまう。大差はなくても違いはあるのに。
「……でも、そもそも音無先生のブラックリストは、問題どうのじゃなくて自分に手間がかかるかどうかですよね?」
「おう。自分でわかってんじゃねぇか」
クッと、音無先生が笑みを浮かべる。失言だったと視線を逸らした。
「……手間かけさせたのか?」
「……まぁ、色々とお世話には。でも今年はまだ何も」
「だから警戒してんだよ」
呆れたように吐き捨てられた。
「……そんな警戒しなくても」
「あ?」
「何でもありません」
チラリと戸市君の様子を確認すると、楽しそうにこちらを眺めている。何か、色々と釈然としない。
「とりあえず、今のところ平穏無事に学校生活を送れているのでという報告で、もう行ってもいいですか?」
「あ?何かあるのか?」
「……少し、考え事したいだけです」
「考え事ぉ?」
まるでそれが何かトラブルに繋がってるかのような言い様だ。あからさまに疑いの眼差しを向けられている。
「……明明後日、何が食べたいかなと」
「あれ?今晩のじゃなかったのか?」
「それはもう」
それに、本命は明明後日の方だし。
「明明後日?随時先のこと考えるんだな」
「連休中、旅行するんです。それで、帰ってきたら好きなもの作ってくれると言われてまして」
「へぇー」
「好きなもの、ねぇ?」
音無先生の目が、愉快げに細くなる。
「むしろ嫌いなもの答えといた方がいいだろ。食えないの多いんだから」
「苦手という程度で、食べられないわけじゃ……」
「後で吐くのは食べられるとは言わない」
「……吐くほど嫌いなのがあるのか」
「いや、吐かないよ」
今はもう。
…………多分。
音無先生は、全くオレの言葉を信用していない目をしていた。自分でも、自信を持って言い切れないから仕方ないけれど。
何となく、そっと息を吐く。
まだ、答えが見つかってなくて、もう少し考える時間が欲しいのに、帰りたくなってきていた。早くシキの顔を見たい。
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