堂々巡り
前にベンチで言いかけてたのは、きっとこの事だったのだろう。
「そんなに分かりやすかった?」
「分かりやすいって。ヤエだって気づいてたっしょ?」
「……え?オレ?」
話をふられたヤエが、わたわたとする。何だか申し訳なくなってしまった。
「ごめんね。変な話聞かせて」
「や、それは、別に………す、すごく好きなんだろうなぁとは思ってたよ。どういう、好きかは別として」
そうか。親愛だとか敬愛だとかとするには疑問を抱かせるほど、だだ漏れだったのか。なら、少し気を付けた方がいいかもしれない。
「ただ、それよりも、さらっと言われたことの方がビックリした」
「……少しは緊張してたけど」
「全然そうは見えないってっ!」
そうなのだろうか。サエさんに確認するような視線を向けたら、肩を竦められて終わった。ノーコメントらしい。
「………それに、ヤエなら大丈夫かなって」
「あぁ…悟の愛人だし?」
「それ以前に、サエさんと付き合い長いから」
ん?と首をかしげたヤエと反対に、サエさんはあぁと納得した。
「‘オレ’が男と付き合ってんの知ってたからね」
「あぁ…そっか。そういやそうだね」
ヤエも、合点がいったらしい。
ヤエとサエさんはそれなりに付き合いがある。以前はサエさんの性別を男と認識していたはずだし、その状態で男と付き合っているのも知っていた。だから、引かれたりはしないとわかっていた。
ただ、頭ではわかっていても、緊張はする。何より、こんな風に人を好きになったのも、それを話すのも初めてのことなのだ。平静でいられるわけがない。
「でも、オレはついでだとして、サエにそういうこと報告するんだ?」
これは、言ってもいいのだろうか。
どうしようかとサエさんを見ると、ニヤーと頬杖をついたまま笑っていた。楽しそうだ。そして任せてしまって良さそうだ。
「ヤエさぁ」
「ん?」
「悟に絶対言わないって約束できる?できるなら秘密を一つ教えてあげる」
「できる。できる」
目を輝かせて、身を乗り出した。
ずいぶんと、食いついた。
まぁ、確かに悟さんの耳にはとてもじゃないけど入れられない。けど、秘密と言うほどのことじゃないし、何よりその言い方だと他にも秘密があるようだ。
「あたしと椿、結婚の約束してんだよ」
「………は?」
言葉が足りなすぎる。
「……三十過ぎてもお互い相手がいなかったら、だよ」
「え?何それ」
ヤエはいまだ呆然としている。サエさんが楽しげにケラケラと笑う。
「子供の頃の約束。かわいらしいもんでしょ?だから把握しとく必要があんだよ」
「あ……そうなんだ。それなら………付き合い長いんだっけ?」
「ん。小学校の時から」
「昔はさぁ、大人になったら結婚しなきゃいけないものだと思い込んでて。でも他人を好きになるなんてありえなさそうだし、してもいいって思える奴もいないだろうし、それならって」
「やっぱかわいくない!しかも何か上から目線!」
「アハハ」
サエさんのより詳しい説明に、ヤエが前言を撤回した。
「あぁでも、うん。確かにそれは悟に言えないね」
「でしょ?……あぁ、で?椿は?さっきの、シキに言うの?」
「ううん。もう言った」
「え?」
「いつ?」
「今朝」
「あたしより先に言ったんだ?」
ニヤニヤとサエさんが笑う。楽しげな様子に苦笑し、わずかに首を傾ける。
別に、どちらを優先させたわけでもない。偶々、その場にシキがいて、だから。いたのがサエさんだったら、きっと先に。多分。うん。
「………椿、シキに告白したんだ」
「そう、なるね」
「そっかぁ」
ヤエはしきりに頷き、それから嬉しそうな笑顔になった。
「そっか。よかったねぇ」
「ん?」
「晴れて恋人か。よかった。よかった」
「え?違うよ」
「え?何が?」
「付き合えるわけないよ」
「え?何で?」
「何でって……」
むしろどうして一足飛びにそうなってしまうのか。
わからなくて首をかしげるが、ヤエも同じように首をかしげた。サエさんだけが、一人楽し気に笑っている。
「だって椿、告白したんでしょ?」
「うん」
「で、付き合うことになったんじゃないの?」
「まさか。告白すれば誰もがうまくいくわけじゃないよ」
「いやまぁ、それはそうだけど」
助けを求めるように、ヤエがサエさんに視線を向ける。サエさんは、肩を震わせて笑いを堪えていた。瞳に、涙さえ浮かべている。
ずいぶんと、楽しそうだ。
「くくくっ…ヤエ、さぁ。告白にも、色々あんだよ」
「……色々?」
「椿」
「何?」
どうにか息を整えたサエさんが、まっすぐに見つめてくる。その瞳は、まだ楽し気に揺れているけれど。
「好きだつったんだよね?」
「うん」
「付き合ってほしいは?」
「まさか」
「え?何で?」
ヤエが声をあげた。
何でって。
何かさっきっから堂々巡りな。ヤエは信じられないといった風だけれど、何度も言うように、どうしてそうなるのかがわからない。
「だってシキは男だよ」
「そりゃそうだけど」
「……オレも男だよ」
「それもそうだけど」
なら、説明するまでもない気がするのだけど。
「だって、それでも好きなんでしょ?」
「オレはね。でもシキはちゃんと女の人が好きだから」
「ちゃんとって…」
てか、そもそもシキには想う人がいるわけで。オレも、現状ではまだ付き合っている人がいる。そんな状態で、付き合いたいなんてありえない。
そうじゃなくたって、そんなこと思うだけ無駄なのに。思うわけ、ないのに。どうして口に出す必要があるのか。
「……サエ」
ヤエが助けを求めるような声を出す。サエさんが軽く肩を竦めた。
「別に椿は付き合いたいわけじゃないんでしょ」
「うん」
「だったら何も問題ないじゃん」
「えー」
何か、まだ納得できないらしい。
「……シキは何て?」
「そうかって」
「それだけ?」
「うん」
「えー…」
ヤエが渋面を浮かべる。
オレからしてみたら、引かれなかっただけで御の字なのだけど。まぁ、いきなりで混乱してたっぽいから、今頃気持ち悪いとか思われてるかもしれないけれど。
「……椿はそれでいいの?」
「いいも悪いも……勝手に好きになっただけだし」
追い出されずに、そばにいられるだけでも過ぎた幸せなのに。これ以上など望みようがない。
想いを、返してもらえないのには慣れている。
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