[携帯モード] [URL送信]

一休みのはずが、




「少し休むか」

 そう思い立ち、足を向けたのは駅前の図書館だった。ラウンジの空席に、自販機で購入した缶コーヒーを手に腰かける。

 小銭を取り出そうとする椿にやんわりと断りを入れ、缶で手の冷えをとる。

「ありがとう」

 戸惑いがちな礼に肩を竦め、返事の代わりにした。両手で缶を握りしめながら、椿は辺りを見回してる。その姿を眺める。

 興味深そうに、ゆっくりゆっくり動く瞳。その視線がこちらを向いた。驚いたように、僅かに見開き、一瞬だけそらされた。その反応が面白く、くっと喉の奥で笑う。

「……………何?」
「いや?」
「……………ここ、初めて来た」
「そうなのか?」

 度々、図書館から本を借りてきていたはずだが。

「うん。借りられないし。住所、向こうだから」
「ムラ校は市内だろ?」
「あ」

 七里塚の家は確かに市外だが、ムラ校は市内だ。それなら貸し出しは可のはず。失念していたようだ。

「見てくるか?目新しいもんあるかもしれねぇし」
「そう、しようかな」

 言いつつ立ち上がった椿が、ふと手元に視線を落とす。そこには両手で握りしめたままの缶コーヒー。

 こちらに視線が向き、また手元に戻る。

「……………ちょっと、覗いてくる。すぐ戻るから」
「ああ」

 後ろ姿が見えなくなるまで眺め、缶を開ける。コーヒーに口をつけながら、ふと目に入るのは向かいの席に置かれた缶コーヒー。

 それだけで、一人きりではなく連れがいるのだと周囲にわかるのだろう。何となく、いいと思った。ちゃんとここに戻ってくる、その確証があることが。

「あれ?シキだ」
「………あ?」

 のんびりと、コーヒーを飲みながら椿の戻りを待っていた。そしたら聞き覚えのある声に名を呼ばれた。見れば、ヤエがいた。

「何してんのこんなとこで?図書館に用?」
「それはこっちのセリフだ」

 好奇心あらわに近づいてくるヤエに、顔をしかめる。

「オレは本見に来たんだよ。………誰かいんの?」
「……………」

 缶コーヒーに気づいたヤエが首をかしげた。答える気はないと返事せずに缶に口をつける。気にすることなく、ヤエは空いてる席に腰を下ろした。

「あ、わかった。椿だ」

 何でわかるんだよ。

「正解?」
「……………お前、本なんか読むのかよ」
「読んでないね。でもちょっと気になったのがあって、悟んとこなくて。したら図書館行けばいいって言われた」

 余計なことしてんじゃねぇよ。

 椿が戻ってくる前にとっとと行ってしまえと思うものの、その行く先は椿がいる図書館内。鉢合わせるかも知れないと思うと、面白くない。

 気が変わって、帰ったりしないだろうか。

「シキはよく来るの?」
「……………いや」
「今日は何で?」
「何でもいいだろ」

 つれないなぁとか笑いつつ、辺りを気にしてる。椿が戻ってくるのを待ってるのだろう。待たなくていい。

「そういやシキ、最近悟に会った?」
「………年明けてからは会ってねぇな」
「だよね。悟、寂しがってたよ」
「は?」

 何を言い出すんだと顔をしかめる。ヤエは楽しそうに笑っていた。

「まぁ、冗談はおいといて。どうせ今月中には会うんでしょ?」
「ああ」
「ならいいや。昼?夜?」
「さぁ?」
「夜だったらさ、その日、椿借りてもいい?」

 笑顔のままのヤエに、顔が険しくなるのがわかった。借りるも何も、別に、椿は、オレのじゃ、ない。用があるなら直接椿に言えばいい。

 オレの許可を得る必要は、ない。例えそれが気にくわない内容であろうと、どうこう言える立場じゃないのだ。

「だって、シキいなかったら椿一人でしょ?一人で夕飯とか寂しいじゃん」

 どこかで聞いたようなセリフだ。

 大体、そういうヤエ自身は一人暮らしなのだから普段一人きりの食事のはずだ。いや、だからしょっちゅう悟んとこ押し掛けて飯を作ってるのか。

「………本人に訊けよ」
「椿がいいって言ったらいいの?」
「他になんかあるのかよ」
「いや、まぁ、そうなんだけどさぁ」

 煮え切らない様子に眉をしかめる。

「………泊まりでもいいの?」
「あ?」
「だってほら、帰り真っ暗。一人歩きは危ないよ。どうせシキ、遅くまで飲むんだし」

 まだ決まってねぇよ。つか、クリスマスん時、思いっきり出歩いてたじゃねぇか。何を今さら。けれど、

「……………なら、お前がこっちくりゃいいじゃねぇか」
「っ!?シキっ!」
「あ?」

 ガバッと身を乗り出したヤエに、右手を両手で掴まれる。一体、突然どうしたというのか。

「シキん家、行っていいの?」
「は?」
「だってオレ、シキん家行ったことない。前に行きたいって言ったら嫌がられたし、そもそもちゃんとした場所すら知らない」

 うわぁ、嬉しいなぁと興奮した様子だがちょっと待て。

「確定じゃねぇからな」
「確定だって。シキが二十歳になったら飲みに行くとかいっててまだ行ってないでしょ?椿だって、シキがいいって言ったならいいはずだし」

 そんなわけないだろ。用がなきゃ、断りはしないだろうが。

 とりあえず、いい加減手を離せと振りほどこうとする。いくら振っても離れない。馬鹿力が。

「楽しみだなぁ………あ、椿だ」
「あ?」

 見れば、椿が戸惑いがちに佇んでいた。

 もう一度手を振れば、今度はあっさりと解放される。ほっと、息を吐いた。

「ヤエ?」
「椿、聞いて。夕飯に招待された」

 してねぇよ。

 首をかしげつつ腰を下ろした椿が、状況を理解できてない様子で、オレとヤエとを見比べる。

「夕飯て…今晩?」
「ちげぇ」
「今度シキ、悟たちと飲みに行くから。その時、椿が寂しくないようオレが招待されたんだ」
「………シキ、飲みに行くんだ」
「まだ、決まってねぇ」

 何となく、バツが悪くてついと視線をそらす。

「………シキがいないのにヤエとオレがシキの家で夕飯て……オレがヤエんとこ行った方がいいんじゃ」
「いい……ヤエんとこは狭いだろ」
「あぁ……確かにまぁ、シキんとこと比べれば」
「つっても、人呼べないほどじゃないよー?」

 椿がヤエの家に、それも夜に一人で訪ねるというのは面白くない。ならばいっそ、ヤエが来る方がましだ。

 それを隠すように、言い訳のような言葉を告げれば、椿は納得したような態度を見せた。

「ヤエんち、行ったことあるのか?」
「ないけど…場所は知ってる。ね?」
「うん。椿のバイト先のすぐ横だからね。常連だし」

 オレは、椿のバイト先のことなど知らないというのに。

 ふと、椿と目があった。なぜかすぐにふいとそらされてしまったが。

「……ところで、ヤエは何でここに?」
「ん?図書館に用があって。本見に来たんだ」
「そっか。見てこなくていいの?」
「見てくるよ。あ、貸し出しカード?とかの作り方とか教えてくれる?」
「大丈夫。訊けば優しく教えてくれるよ」
「ん?そう?……じゃあちょっと行ってこようかな」

 詳しいこと決まったら教えてねと言い残し、ヤエが図書館の中に入っていく。ようやく静かになったと、大きく息を吐いた。

「シキ」
「……ん?」
「一休み、できた?」

 そういや、そんなことを言ってここに入ったのだった。余計に疲れた気がしなくもないが。

「まぁ」
「じゃあ、そろそろ行く?」
「そうだな」

 いつ、ヤエが戻ってくるともしれない。その前に。

 空になった缶をゴミ箱に捨てる。飲み損ねた椿は持ち帰ることにしたようで、コートのポケットに入れていた。

 なんとなしに盗み見た先で、椿は俯きがちに己の毛先を摘まんでいた。そこは確か、以前に触れた所だと、ぼんやりと思った。





[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!