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散策




 少し悩みながらぎこちない動きで鈴を鳴らし、手を合わせる姿を隣で眺める。そっと伏せられた睫。さらりとゆれる髪。閉じられた唇。

 ヒュッと吹いた風に首を竦める。冷たい空気に気をとられた隙に、椿がお参りを終えた。

「………もういいのか?」
「うん」

 ゆったりと笑む椿に、笑みで返す。

 ざっと足を動かし、ゆっくりと歩む。椿の目的は済んだし、さて、この次はどうしようか。気は紛れたからもう帰ってもいいのだが、まだもう少し、こうやって椿と過ごしていたい。

 他に行きたいところはないか訊ねようとして、椿が足を止めてるのに気づいた。神社の謂れが書かれた案内板を見ている。

 黙って隣に並び、案内板に目を通す。

 この神社、ひいてはこの土地に関する昔話が書かれていた。

「………ここ、縁結びの神社だったんだね」
「………まぁ、縁結びだな」

 縁結びは多くの場合、男女間のモノを指す。が、ここに伝わる話は恋愛譚ではない。英雄譚だろうか、この地を拓いた男の話。それがなぜ縁結びかというと、先立った親友に再会するため、決して祀らないでくれと生前言い残したことによるらしい。

 つまりはこの神社に神はおらず、遺品安置の意味合いが強いようだ。

 それは神社としてどうなんだと、思わずうろんな眼差しを社に向ける。

「普通に合格祈願してた」
「音大だっけか?」
「ううん。そっちは何か、自己推薦だかAOだかでとっくに決めてた。今、入学前の課題で四苦八苦してる」
「なら、勉強みてる方か」
「うん」

 話ながら、ゆっくりと歩き出す。

「もう、今月試験だから。今、追い込み中」
「なんとかなりそうなのか?」
「んー、どうだろう。落ち着いてやれればどうにか、かな?寂しくなるけど」

 どういうことだろうかと視線を向けると、目のあった椿が苦笑した。

「全寮制の高校だから」
「滑り止めもか?」

 椿はゆっくりと首を横に振る。

「受けるの本命一校だけ」
「………どんなとこなんだ?」
「え?……あぁ、うん。いいとこ、だよ。ちょっと変わってるけど、カリキュラムはいい。うん。本当、ちょっとだけ変わってるけど」

 どこか投げやりな言葉に眉をひそめるも、椿はなぜか明後日の方を向いていた。遠い眼差しで。

「耐性はあるし、うん。大丈夫。イベント無駄に多いし、楽しいよ」
「イベント、多いのか?」
「前の生徒会長がお祭り好きだったから。増えたよ。夏休みには、寮残留者対象の肝試しまであるし」

 のんびりと、目的もなく歩いて、気づけば社寺の裏手まで来ていた。

「随分詳しいんだな」
「あー…知り合いがたまたまそこ通ってて…あっ」
「どうした?」
「いや…その知り合いが今高三なんだけど、どうしたかなって」
「どう?」
「大学。上に進まないで別のとこ行くとか言ってたから」

 まぁいいやと呟いているので、あまり気になってはいないようだ。

 枯れ木の間を進み、おざなりに整えられた細い階段を降りる。ふと見れば、椿が興味深そうにあたりを見回していた。

「……こんな道、あったんだ」
「あ?……ああ」

 そういや裏手にあるこの道を、使っている奴を見た覚えはあまりない。結構、気に入っているんだが。

「これってちょうど裏側に出る?」
「ああ。細い路地だから、知らなきゃ通らないだろうな」
「へぇ」
「途中の家に、立派な百日紅がある。藤やしだれ桜も」

 ふと、こうして咲いてない花の話をしているのは、咲いた時に見に来れば、会えると期待しているからだろうかと思った。出ていっても、少しでも接触できる機会を作っておこうと。

「………椿」
「ん?」
「どこ行きたい?」
「………ん?」

 よぎった考えを振り払い、話題を変える。

「行きたいとこ」
「………シキ、は?」
「ん?」
「シキの、行きたいとこ。………さっき、オレが決めたんだから、次はシキの番」

 ぼそぼそとしたしゃべり方に視線を向ければ、マフラーで口元を隠すようにしてじっと前を向いていた。チラリと一瞬こちらを盗み見て、慌てて前を向く。

 その仕草がなんだかおかしくて、喉奥で笑いを堪える。

「………シキ?」
「いや…ならその次はまたお前が決めろよ?」
「………う。そういうのは決めてからいって」

 負け惜しみのような言い様に、今度こそ肩が揺れる。憮然とした眼差しを向けていた椿だが、やがて仕方ないなといった雰囲気で表情を緩めた。

「………で?シキの行きたいとこは?」
「あー…」

 行きたいと言うか、椿を連れて行きたいところなら何ヵ所もある。今からなら、どこがいいか。

 考えながら椿を見る。首をわずかにかしげて、返答を待っていた。

「どうすっかな」
「ゆっくり、考えていいよ」
「そうすりゃ、自分の番が回ってこないからか?」
「うん」

 明るい声。

 階段を降りきり、斜面と塀に挟まれた細い道を行く。右に行くか左に行くかで少し迷ったが、どうせだからと左に曲がった。

「したら次出かけるときに回すまでだ」
「………梅見に行くんじゃなかったっけ?」
「見た後。時間あんだろ?」
「どうだろう。絵、描いてたらあっという間じゃない?」
「あー…」

 確かに。

 隣からクスクスと笑うのが聞こえた。その声が耳に心地よく、自然と笑みが浮かぶ。

「けど、寒いだろ?」
「まぁ」
「それにお前が暇だろ?」
「そんなことないよ。シキが絵を描いてるの見てるの、楽しいし」
「……………」

 思わず椿を見る。何てことないように隣を歩いていて、深い意味などないのだとわかった。昔、同じようなことを言われたかとがある。付き合っていた相手に。

 あいつも、突然押しかけてきて、当たり前のように隣にいて、そしてあっさり姿を消した。

 いや。考えるのはよそう。

「椿。ほら」
「ん?………あ、本当だ。すごい」

 無意味な思考を追い払うように指で示した先には、先程話した百日紅の木。花が咲いてなくてもと思い教えれば、椿は感嘆の声を漏らした。

「咲いたら見ごたえありそう」
「ああ」

 行きたいとこ。こうして歩いてるだけでも充分なんだが、どうするか。もう少し暖かければ、ちょうどいい散歩日和だったのに。

 このまま歩き続けるには、寒い。どこか、建物に入るか。どこがいいか。シャーウッドでいいんだろうが、今は誰にも会いたくない。二人きりの時を、邪魔されたくない。

 考えながら、とりあえず駅前へと足を向けた。あそこならなんらかしらある。





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