雑談
左京が帰ってきて、そろそろ夕飯にすると呼ばれる頃、和は近寄るようになっていた。それでもじっと観察するような眼差しは変わらずで。正直、何がしたいのかわからない。
左京は、椿の話や一度電話でやり取りしたイメージのままだった。ただ、怒らせると怖いと聞いていたが、怒る姿をうまく想像することができなかった。
食事そのものは和やかに済んで。改めて礼を言われると、居心地が悪くなる。
助けたという認識ではなく、ただ単に拾っただけ。その上、今は下心があるのだから。椿のため、ではなく自分のため、帰らなければ良いと思っている。
ここに暮らしているはずのサキは姿を見せなかった。訊けば、帰らないことが多いのだという。
顔を合わせずに済んで、ホッとした。いちゃ不味いって訳じゃないが、気まずいものがある。どんな顔すりゃ良いのかわかりゃしない。
何より、バレてしまいそうなのが気にくわない。
あいつは妙なところで勘が良い。しかも痛いところをついてくるから質が悪い。前だって、わざわざ気になることを吹き込んで。その上、関係ないなどと突き放して。
何がしたいのかわからない。ただ、ろくなことにならないのはわかる。
食事が終わると、椿は未紗を手伝うため台所に行ってしまった。光太は宿題があるからと自室に。そうして、リビングで左京と差し向かうはめになった。
左京の膝の上には和が座っていて、変わらずこちらを観察している。ずいぶんと気に入ったようだねと左京は笑っているが、どうしたらそう見えるというのか。
「……それにしても、シキ君の名前が四季崎だったなんて」
驚いたと笑われ、やっぱり気づいてたのかと息を吐く。
名乗った時に、あれ?と首をかしげられた。わかる奴はわかるし、隠してるわけでもない。気づかれても不思議はない。
「すみません。それ、黙っといてもらえませんか?」
「構わないけれど、どうして?」
「わざわざ知らせることでもありませんし。それにあっちに知られると、何となく気まずいので」
椿は知ったからといって何も変わらないだろう。わずかに驚いて、微笑んで。そうだったんだと言って、終わりそうだ。
知られて、支障があるわけじゃない。ただ、好ましく思っていないものを、知られたいとは思わない。
「あっち?……もしかして忍?え?あいつ知らないの?」
「そのはずです」
「あれ?でも、前に訪ねたとき、自己紹介……」
「してません。その暇がなかったので」
名乗らずに済んで良かったとは思っていたが、本当に名乗らなくて良かった。直接何かあるわけでなくとも、やりにくくなる事この上ない。
まぁ、今後会う予定があるわけじゃないが。
左京が、呆れたようにため息をつく。
「……本当に。しょうがないね、あの子は」
その言いように、思わず苦笑してしまった。
「まぁ、知らないならその方がいいね。直接関係なくても、何か変な感じするし」
それはそうだろう。こっちだって座りが悪い。
「………オレは、三男で。関係なく勝手にやらせてもらってるんで。あまり、気にしないで下さい」
「うん。それに今は友也の友達として来てもらってるしね」
友達。
そう認識してたことは一度もないし、これから先もない。だが、そんなこと言えるわけもなく、曖昧に濁した。
「本当にありがとう。まさか、こんなに長い期間の話になるとは思っていなくて」
「いえ」
「いつ頃までって話は?」
「特には」
「じゃあ、まだしばらくいるつもりなのかな?」
そうであればいい。
「……迷惑はかけてない?」
「はい。むしろ助かってます。以前はよく、面倒だからと食事を抜くことがあったんですが、それも減りましたし」
「そう。なら、よかった」
集中しすぎて食事を忘れたり、面倒だからと軽く済ませてしまうことが度々あった。椿が来て、その頻度が減ったのは事実。
ただ、その理由については言わない方がいいだろう。
準備の面倒さがなくなった。用意されたから食べてる。確かにそれも理由だが。
どうも、オレが食事を抜いてるときは、椿も食べていないようなのだ。一人前を作るのが面倒なのか何なのか知らないが。
食が細い上、回数まで減らすのはいかがなものか。光太が心配してたのはこういうことだったのかと理解した。
オレが食事をとれば、必ず一緒に食べてるので、夜はなるべく抜かないよう気を付けるようになった。昼に関しては、バイト先や勉強教えに行ってる先でとっているようなので、問題ない。
「今日はわざわざ来てくれてありがとう。友也と光太と忍とじゃ、話のイメージが結構違ってて。一度、自分の目で会ってみたかったんだ」
一体どんな風に話しているのか。忍のは、聞かなくてもわかりそうな気がするが。どうせ、ろくなことじゃないだろう。
「……オレも」
「うん?」
どうしようか少しだけ悩み、言葉を続ける。
「ここの話は何度か聞いていて。嬉しそうに話すから、どんな所なんだろうと、気になってました」
決して、嬉しいだけの感情ではなかったけれど。それでも、大切に思っているのは痛いほど伝わってきて。
らしくないことを言っている自覚はある。けれど、
「……来れて、良かったです」
サキや忍がいたらそうは思わなかっただろうし、絶対口にもしなかった。けれどいなかった。だから、ガラでもなくそう思えた。
一度きょとりと瞬いた左京が、嬉しそうに破顔する。居心地悪くて視線をそらしたら、タイミングが良いのか悪いのか椿がやって来た。
不思議そうに首をかしげ、当たり前のように隣に座る。左京の側でなく、こちら側に来たことに、自然と笑みが零れそうになった。
左京が微笑ましそうに見ていたので、押し止めたが。
「とーやっ。う」
左京の膝の上で大人しくしていた和が、とてとて椿に近寄り膝の上によじ登った。ぎゅうと椿に抱きつき、それでも顔はこちらに向けている。
「……シキの近くに来たかったの?」
椿の問いかけに、そんなわけないだろうと眉をしかめる。だが、左京はやっぱりそうだよねと笑っていて。どうしたらそう見えるのか、さっぱりわからない。
ただまぁ、そろそろおいとまをとなる頃には、服の裾を握られていたのであながち検討違いでもなかったようだが。
「随分とおとなしいんだな」
「ん?和ちゃん?普段はもっと元気良いんだけど……今日はシキがいたからかな?」
くすりと、椿が笑う。
冬の寒空の下。天高く星が煌めいている。吐く息は白く、空気は冷たい。
「何か、結構シキのこと気に入ったみたい」
「……そうか?」
「うん」
ちらりと一瞬、隣を盗み見る。
「来てもらえて良かった。……何か、かしこまってるシキって新鮮だったし」
「……お前な」
こっちは気疲れしたってのに、楽しんでんじゃねぇよと溢せば、クスクスと笑い声が聞こえてきた。まったくと、呆れてため息をつくが、不思議と不快感はない。
むしろどこか心地よく、口の端に笑みをのせていた。
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