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 話はトントン拍子に決まったらしく、すぐに会いに行くことになった。大学の講義を終え、椿と待ち合わせる。

 何故かわずかに緊張した趣の椿に案内され、七里塚家へ。出迎えたのはサキの姉だという未紗。その足には和が引っ付いていた。

 実際に会うのは初めてだが、話にはよく出ていたので奇妙な感じがした。とりあえず、サキが女ならこう成長するのだろうかと思わせる雰囲気。

 リビングに一度通されたが、左京が帰ってくるまでまだ時間がある。どうせだからと未紗に勧められ、椿の部屋へと移動することになった。

 その間、和はずっと隠れるようにしてこちらの様子を窺っていた。

「多分、警戒してるんだと思う」

 そう、告げたのはお盆にお茶をのせ戻ってきた椿。

「初めて見る人だから」

 困り顔で微笑む椿に、気にしてないと伝える。渡された湯飲みに口をつけ、改めて室内を見回した。

「それにしても、本、すげぇな」
「うん」

 壁がほぼ本棚で埋められている。中にはぎっしり書籍が詰め込まれて。よくよく見れば、日本語どころか英語ですらないものもあった。

 それ以外のものに関しては、必要最小限といった感じだ。

「元々、書斎に使われてた部屋だから。大半はおじさんとおばさんので、一部は左京の」
「お前のは?」
「少しだけ。ほとんど図書館や図書室で済ませてたし」

 言いながら、書棚を眺めている。つられるように書名を流し読んでいけば、数冊見覚えのあるものがあり、数冊興味を引かれるものがあった。

 次いで視線を動かせば、ドアの内側にかけられた制服が目に入る。

「……ムラ校か」
「え?……あぁ、うん」
「大学の方の図書館も利用できんのか?」
「うん。使ってる人、あんまりいないけど」

 ブレザーなら第一で。あそこは確か大学と隣接していた。垣根が低いと伝え聞いたことがあったので、もしやと思い訊ねてみれば返ってきたのは肯定。

 何でも、教師の薦める本の一部が、大学の図書館でないと置いてないような専門的なものの時があるのだとか。

 それでも興味がそそられることがあり、何度か利用しているのだと。

「制服だと目立つけど、私服だと案外紛れるし」
「制服……着たとこ見てぇな」
「……………え?」

 思わず溢れた言葉に、椿が動きを止める。それに気にするなと肩を竦め、お茶を啜った。

 一度も見たことがないから、見てみたいと思っただけ。流石に、今ここでという意味ではない。

「えっと、写真でよければあるけど……?」

 戸惑いがちな問いかけに、少しだけ考え見たいと答える。

 ふらりと立ち上がった椿が机に近づき、引き出しを開く。中から封筒を幾つか手にして戻ってきた。ローテーブルの上に置くと、端に書かれたメモを確認していった。

「これ」

 渡されたのは高校入学式の写真だった。よくある正門前でのもの。一人で写っているもの、光太と写っているもの。どちらも、椿の表情はぎこちなかった。

「……写真写り悪いな」
「そう?」
「表情がかてぇ。カメラ苦手なのか?」
「うん。ちょっと」

 曖昧な表情をする椿から、写真に視線を戻す。よほど苦手なのだろう。緊張を抑えるためか、片方の手首を、反対の手で見るからに強く掴んでいる。

 まぁ、描く時には緊張している趣を見せたことなどないので、良いのだが。

「そっちは?」
「こっちは中学の時の。修学旅行のとかも」
「見ていいか?」
「どうぞ。あまりないけど」

 中学の入学式も卒業式も、変わりはなかった。ただ古いものほど、表情が強ばって見える。

 あまりないという言葉通り、修学旅行や遠足の写真は集合写真ばかり。かろうじて一二枚あるかないかというところだった。

「ちゃんと買ったんだな」
「あぁ…うん。光太がめざとく見つけて」

 その様子が思い浮かび、口元が緩む。

「京都か」
「うん。でも体調崩してあまり回れなかったけど」
「あぁ…寝不足になったんだっけか」
「え?」

 それで体調崩したのかと呟けば、不思議そうな声が聞こえた。写真から顔をあげると、椿がわずかに首をかしげている。

「あぁ…光太に聞いた。前来た時。枕かわると寝れなくなるんだってな」
「そっか。……枕ってか、人気のあるとこが苦手で」

 からかいを含んで告げれば、返ってきた言葉。その内容に眉を寄せるが、すぐに人のいる所、ではなく人の多い所を言っているのだろうと結論付ける。

 見終えた写真を封筒に戻し、ふとまだ開いてない封筒が目にはいった。右下にメモが添えられてるのは同じ。けれど左上に控えめな文字で‘イチさん’と書かれている。

 何となしに手にとり、中身を出す。思わず、眉をひそめた。

「これは?」
「え?」

 横によってきた椿が覗き込んでくる。その距離がやけに近く感じ、一瞬、息を飲む。

「あぁ…前にサエさんに誘われて。サエさんの友達と川遊びに行った時の」
「へぇ」

 写ってるのは髪色が派手めの数名。サエの友人なのだと聞けば納得できる。灰色、赤に近い金髪、深い群青。赤メッシュもいると思えば、それはサエだった。髪を染めていたのか。

 川遊びと言うわりに、椿もサエも水着に着替えていない。まぁ、サエの方は着衣のまま泳いでいるようだが。

「泳いでねぇのか?」
「うん。てか、泳げないから」
「かなづちなのか?」
「うん」

 さらりと告げられた言葉に隣を見れば、気づいた椿がこちらを向いた。わずかな苦笑を見せ、すぐ写真に視線を戻してしまう。

「この子」
「……あ?」
「前に言ってた、今一緒に勉強してる子」

 すっと指が示したのは、椿を除けば唯一髪を染めていない少年。写っているメンバーの中で、一番幼い顔つきをしていた。

 へぇと呟きかけた時、ノックの音が響く。顔を上げると同時に、光太の姿が見えた。何故かこちらを見て、一歩後ずさる。

 覗き込んでいた椿が身を起こし、離れた距離を残念に思う。

「光太?」
「あっと……シキさんお久しぶりです。えっと、友也。何か和が部屋の前にいたけど?」
「和ちゃん?」

 見れば確かに光太の足元に引っ付き、こちらを窺っている。椿に名を呼ばれると、とてとて駆け寄りその勢いのまま椿に抱きついた。

 椿の首にひしと抱きつき、それでもこっちをじっと観察している。

「何?」
「………」

 椿の問いには答えず、より強く抱きついた。

「んっと……よいしょっと」

 和を前に移動させ、膝の上に座らせる。それから光太に視線を向け、首をかしげた。

「座らないの?」
「……………お邪魔します」

 遠慮がちに腰を下ろした光太が、テーブルの上の物に目を止めた。

「写真、見てたのか?」
「うん。写真写り悪いって言われた」
「お前の場合、写真写り以前の問題だろ」

 呆れたような光太の言葉に、椿が苦笑する。

 今、手元にある写真は他より表情が柔らかい。それは、不意打ちで撮ったからのようだが、それでも。

「せめてもう少し気楽に構えろよ。……シキさんもそう思いますよね?」
「……それでも、本物には敵わねぇだろ」

 見終えた写真を封筒にしまい、テーブルの上に置く。ふと顔を上げると、何故か二人とも微妙な表情でこちらを見ていた。

 思わず眉をひそめる。

「何だよ」
「……いえ」

 光太が気まずそうに視線をそらす。椿はただ、無言で曖昧な笑みを深めた。

 わけがわからず、とりあえず湯飲みに口をつけた。温かな茶の渋みが、口内に広がる。





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