団欒
よろしく伝えてくれと言われたから伝えたら、どうせなら一緒に来ればよかったのにと言われた。
シキの実家は客商売との事で、正月など関係ないそうだ。むしろ帰っても手伝えない分邪魔になるだけと。落ち着いた頃に顔は出すと言っていたけど、その言葉は疑わしかった。
今日、シキは用があるからと出掛けた。ならばついでにと一緒に家を出て、オレは七里塚の家に向かう。遅くなるとの言葉に、なら少しゆっくりしていこうと思った。
おじさんたちはクリスマスの時には帰ってきていた。けれど、年が明けたらすぐに日本を発ってしまったらしい。忍は仕事が忙しくてまだ帰ってこれてない。そして光太はタイミング悪く買い物に出掛けていた。
だからオレが家を訪れた時にいたのはちょうど四人。珍しくサエさんが家にいた。
よろしくと伝えれば当然話題はシキの事になり。実家に帰ってないと話すと、なら一緒に来ればよかったのにと言われた。
左京はシキと会うはずだったのに会えなかった。正確には忍がその役目を代わった。電話で、挨拶はしたけれど、一度きちんと会っておきたいと。前はシキの家でだったから、今度はこちらでと。
今日は用があるようだったからと伝えれば、じゃあ近い内にということになってしまった。
どうしようかなと、少し悩む。
本当に一度会っておきたいだけで、他意はないとよくわかる。けれど何だか奇妙な感じがしてならない。
落ち着かなさの原因を考えて、自分の客人を家に招いたことがないのだと気付いた。
香さんは度々来ることがあるけど、オレより先に左京や忍が親しくなっていたし。遊びに来るような友人がいたこともない。学校を休んだ時にプリントが配られても、登校してからもらうか光太が代わりに受け取ってくれていた。
他人の家を訪ねることはあったけれど、招いたことは一度もなかった。そう。ただの一度も。
まだ来ると決まったわけではない。シキが断ればそれまで。それまで、なんだけど。
どうしたのかと左京に問われ、何でもないと首をふる。そう?と首をかしげた左京は、膝の上で眠る和ちゃんの頭を優しく撫でている。
首をふって、動いた視線の先にはサエさんがいた。ずっとテレビを見ながら甘酒を飲んでいる。ひたすら飲んでいる。もう、何杯目なんだろうかと、全然別の事に思考を巡らせ自分を誤魔化す。
毛布を取りに行っていた未紗さんが戻ってきて、サエさんにほどほどにするよう忠告した。軽い返事に肩を竦めると、念を押すことはせずに和ちゃんに毛布をかける。
そうして、左京の隣に座ると何を話してたのかと問うてきた。やんわりと笑んだ左京が、今度シキを招待しようと思うといった旨を伝え、未紗さんが歓迎の意を表す。
ずっとテレビを見ていたサエさんが、ここに来てようやく振り返った。けれど浮かべている表情は、この状況を楽しむもの。
何だかなぁと思いつつ、とりあえずシキに訊いてみることで落ち着いた。
湯呑みに口をつける。少しだけ温くなったお茶が、それでもじんわりと体を暖める。
ゆったりと、時間が流れていた。
左京は疲れてたのか、和ちゃんの頭に手を置いたまま船をこぎ始めた。サエさんは相変わらず、甘酒をお供にテレビ鑑賞ときめこんで。未紗さんは、特にすることもないのだろう膝の上に頬杖をつき、一緒にテレビの画面を眺めてる。
のどかだなぁと思いつつ、お茶を飲む。
温かい、お茶。何となく残りを飲みほし、立ち上がった。気づいた未紗さんが問いかけるよう視線を向けてきたけれど、曖昧に笑むだけで返事の代わりにした。
湯飲みを片付け、それから二階に上がろうと階段を上りかけたところで、玄関のドアが開いた。
「ただいまー……って、友也?帰ってたのかよ」
なら先に一言よこせと、光太が眉をしかめる。来ると知っていれば用は後日に回したのにと。
「予定してたわけじゃないから」
それでも納得がいかない様子で、苦笑してしまった。
「光太、買い物行ってたんだって?」
「おー。本当は年明け前に買っとくつもりだったんだけどな」
おじさんたちも帰ってきてたし、タイミング逃して今に至ってしまったそうだ。掲げた袋はスポーツショップの物。新しいシューズを買いに行っていたとのこと。
新年最初のジョギングを新しいシューズでと思ってたのにとぼやく光太に笑いかけ、部屋へと向かう。パタンと閉じたドアに寄りかかり、室内を見回した。
何となく、片づけをしようと思い立ったわけだけれど、特にすることが見当たらない。散らかしようがないし、前に来た時に掃除したし、雑巾かけとくにしても、今より寸前の方が……………
違う。別に来るかもしれないから片付けようと思ったわけではない。そんなんじゃ、ない。
第一、来たとしても左京に会うためだし。部屋に入るとは限らないし。そもそも、部屋に通す理由もないし。でも。
もう一度、室内を見回したところで、ノックの音が響いた。ドアから背中を離した途端、開かれる。
「うぉっ、ビビった」
「光太?」
「何やってんだよ。んなとこで」
「何ってわけでも……」
首をかしげながら、とりあえず中へと移動して適当に腰を下ろす。
「光太こそ。何か用?」
「いや。特に用はねぇけど」
「そう?あぁ、そうだ。訊きたいこと、あったんだ」
「ん?」
「ジョギングって……」
「ちょっと待て」
「ん?」
本題に入る前に、やけに難しい顔して止められてしまった。どうしたのだろうと首をかしげるが、光太の顔は強張ったまま。
「お前はそれに興味を持つな」
「え?何で?」
「何でじゃねぇーよ」
「こないだ、つくづく体力ないなって思ったから、とりあえず走ろうかと思ったんだけど」
「だからそれを止めろ」
「えー」
光太が頬をひきつらせる。何となく理由がわかってきた。
「えー、じゃねぇよ。忘れたとか言うなよ?絶対止めろ」
「だって、それいつの話さ。流石にもう平気だって」
「安心できる要素ねぇよ。しかも一人で走るってなら、余計……」
「イチー……って、光太?帰ってたんだ」
光太の言葉を遮るようにして、サエさんがドアを開いた。出かけた言葉を飲み込むはめになった光太は、ブスッとした表情になる。
「帰ってちゃ悪いかよ。それよりノックぐらいしろ」
「いーじゃん、別に。それよりちょうどよかった」
光太の言葉を右から左に流す。ぞんざいな扱いを受けた光太が顔をしかめてしまい、苦笑する。
サエさんが、この部屋のドアをノックせずに開けるのはいつもの事。他の部屋なら一応ノックしてるから、問題はない。
「サエさん。何か用?」
「今、忍が帰ってきてさ。お土産に和菓子持ってきたから、お茶することになった。二人ともおりてきな」
「え?忍、帰ってきたのか?」
「そー」
「久しぶりだな。皆揃うなんて……」
「皆って……」
思わず溢れてしまった言葉に、光太がハッとする。
「いや、違う。今のは、その……違うんだ」
おじさんたちはいないから、正確には皆ではない。それでも、そう言ってしまう心情はわからなくもないけど。
慌てて言い訳しようとして何も言葉が出てこない光太を、サエさんがバッサリ切り捨てる。
「光太の失言なんて今さらなんだから。ほら、二人とも早くしな」
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