浮気?
「何?今度シキくんの?」
「まだ。訊いてみないことには」
サエさんの問いに、わずかに首をかしげて答える。
七里塚の家を出て、帰る途中。サエさんは、ヤエに用があるからと一緒に歩いている。
シキが来る云々という話は、あれから蒸し返されることはなかった。けれど、サエさんは気になっていたようで。寒空の下、のんびり話ながら足を進める。
「イチが他人招くの、初めてっしょ?」
「うん。何か変な感じ」
「ははっ」
「サエさんだって、ないでしょ」
「あー……」
考えるそぶりを見せるけど、考えるまでもないことだ。
「でもほら。外の方が遊べるし。家に来ても特にすることがない」
「……勉強、とか?」
「したくないって」
「まぁ」
それはそうだろう。
と言っても、ここ数ヵ月他人の家を訪れては勉強ばかりしてるから何とも言えないけど。家庭教師の真似事しかり、桜子ちゃんとこしかり。
「あーでも一度ぐらい誰かつれてきといた方がいいのかな?」
「ん?」
「そうしといた方が、ちゃんと普通の友達とも遊んでますよアピールになるっしょ」
「……普通の友達」
「学校の方には一応女友達いるからさ。そっち」
「ああ」
そういうことか。それならばと納得する。
サエさんが普段つるんでる人たちは、悪い人ではないけど見た目が少しばかり派手な人が多い。しかも男友達だから‘普通の友達’アピールにはあまり適してない。
学校生活の話を聞くことはあまりないから、女友達がいるというのは初耳だった。少し驚いた。
「……………悟さんは?」
恋人というのが安心材料になるかはわからないけど、見た目だけならサエさんの周りで一番真っ当だ。それに青春してますよアピールにはなるのではないか。
年が少し離れてるから、どう反応されるかわからないけど。
「あー悟ー?シキも挨拶に来るし?」
それは同列に並べることではないのでは。そう思ったものの、口を開く前にサエさんが先を続けた。
「でも悟は無理だって。緊張しすぎて挨拶どころじゃなくなるよ」
「……………緊張」
あまり緊張するタイプには見えなかったけど。
でも、サエさんといる時は様子が違うみたいだし。あまり関わったことないけど、サエさんに遊ばれてる印象は強い。
「でも、結婚前提って話じゃなかったっけ?」
どこまで本気かは知らないけど、それなら挨拶しとく必要があるはず。
「本人はお付き合い前提の方がよかったらしいけどねー」
そう言って、クツクツと楽しそうに笑う。
‘お付き合い前提’というのは‘お付き合い前提の友達’ではなく‘お付き合い前提の結婚’という意味だ。
サエさんと悟さんが出会ったのはサエさんの学校帰りでの事。たまたまヤエと出くわせ、その時悟さんが一緒だった。
軽く言葉を交わし、さて一応紹介しとこうかとなった時、名前を名乗るよりも前にそれまで口を閉ざしていた悟さんが叫ぶようにして言った。
お付き合いを前提に結婚してください。
意味を理解したとたん、サエさんは笑いだした。笑い声に我に返った悟さんは慌てて言い繕うとした。さんざん笑い倒した後に、涙をぬぐいながらサエさんが告げたのだと言う。
逆ならいーよ。
まさか実生活であんな台詞を、しかも往来のど真ん中で聞くはめになるとは思わなかったとは、後日に笑い話の一つとしてサエさんが話してくれた時の言葉。
あまりに愉快で、ちょうど付き合っている人がいなかったから付き合うことにしたと。悟さんはサエさんの好みから外れてるし、こんなエピソードでもなければ今の関係にはなってないはず。
ちなみにその場にいたヤエは、呆気にとられていたという。
とりあえず、サエさんが楽しそうだから問題はない。
その後、わりとすぐにシキやトメとも知り会ったというのは、オレがシキに拾われてから聞いた話。まさかサエさんの恋人の友人に拾われ、あまつ住み込むことになろうとは想像だにしていなかった。
そうだ。サエさんの方が先に知り合ってるんだ。サエさんの方が、シキとの付き合いが長いんだ。
「でも、それ言ったらやっぱ、すでに同棲してる方が先だよね。挨拶」
「………同棲て」
それ違う。
少し違うことを考えてたのと呆れとで、訂正の言葉が遅れる。その間に、サエさんがだってとにんまり笑った。
「一緒に寝てるんでしょ?」
さわりと風が吹く。その冷たさに、ほぅと息を吐く。後ろから走ってきた自転車が、追いこし次の角を曲がる。夕方の音楽が流れ始めた。
「……ヤエ?」
「そー。何か勘違いしてるぽかったけど」
それは知ってる。気づいてて、そのままにしといたから。
「ちゃんと聞いたわけじゃないけど、そういう話題が出たってことはつまりそうなのかなって」
「うん」
そういう話題がどういう話題だったのかは知らないけれど、結果は間違ってない。別に、知られて困るようなことでもないけど、何か、どうなんだろう。
チラリと盗み見れば、ただ笑みを深めている。
何だろう。何か、
「ん?どした?」
「……何か……浮気がバレた?みたいな」
「ははっ」
何か、釈然としないけど、一番しっくりくるのはその言葉だった。お互い、恋人がいても気にしたことなんてなかったのに。
「でもまぁ確かに。少し妬けるね」
そう言って、サエさんが悠然と笑む。その表情に、口元が緩んだ。ほらと言ってのばされた手に、自身の手を重ね握りしめる。
今日は手袋をしていない。だから温もりが直に感じられる。しっかりと手を繋ぎ、並んで歩いた。
「……………で?」
「ん?」
「シキ、来んの?」
「……いや、だからそれはまだ」
「くくくっ」
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