14
「…遅い」
「誰かさんが飲み干してくれたせいで用意するのに苦労したんだ…仕方ないだろう」
朱羅の気配が失せるのを見計らっていたように、六花は焔爾の元に戻った。
ごろりと寝転ける彼が盆に乗せられた酒瓶を見留め上体を起こすと、彼女はついでにと怪我の具合を確かめる。
手酌で杯を干す焔爾の傍ら、六花は丁寧な手付きで布を解きまだ生々しい傷口に薬を塗って、憂い気な眼差しを注ぐ。
それに気付いていながら彼は構わず杯を継ぎ足し、涼しい顔して湯水の如く煽っている。
…それなりにきつい物をそうぱかぱか飲まれては困る。
「…本当に治りが遅くなっても知らないぞ」
「阿呆か、飲まなきゃ治らねぇよ」
筋の通らない言を寄越しながらも、するりと喉を焼き上品に香る辛口の酒は確かに良い物のようで、焔爾の表情に満足そうな色が浮かぶ。
あっという間に最後の一滴まで干してしまい、どうしようもない男だと呆れ果てた彼女が再び患部を布で巻こうとすると、焔爾はその手をおもむろに制した。
「どうした」
「暇だ」
こつりと杯を捨て置き焔爾は視線を寄越すが、それならああも性急に飲み尽くしたりしなければ良かっただろうにと、六花は額を押さえる他ない。
「またか…お前は本当にじっとしていられないのか?」
「酒がない出歩くなと言われる…なら残る暇潰しは」
「おい…」
小言を聞き流して彼は六花の素手を晒そうと衣服を捲る。抜き取られた手甲の金具が、かしゃんと音をさせて落ちた。
「何を…?」
訝し気な声音を余所に、細い指を絡め取り口許へ持って行くと、焔爾は親指の付け根…一番柔らかく薄い皮膚に、鋭く牙を立てる。
「っ…!?」
がぶりと、唐突な痛みに神経が尖る。丁度血管が交わる辺りを噛み、溢れた血の味を啜って焔爾は舌を這わせた。
ぐずぐずと滴る温度を飲み干しながら、猩々緋が薄紅の双眸を窺って細められる。
「───────甘い」
お前の血は仄かに甘く馨る。
人喰いの本能に従って啜り上げる少女の血はいつだって、舌に僅かばかりの甘味を残して生温い。
六花が陽炎の庇護の下にあった頃、それを煩わしく思いながらも手離さなかった理由は、その味をそれなりに気に入っていたからだ。
むざむざ使い捨てるには惜しい、それだけの話を何故か朱羅はやたら大袈裟にしたがる。まるで生まれ損ないの娘が自分の命取りになるとでも言わんばかりに───────
「…焔爾」
咎めるような口振りにしかし拒絶の色はない。それに無言で応え焔爾は筋を引いて滴る雫を腕ごと舐め上げた。
「そろそろか」
「…何?」
ここ最近ご無沙汰だったと少しずつ腕を辿った舌が指先を嬲り、ちろりと掌まで擽った。
「飢えたまま待っていろと言っておいたが、そろそろお前も欲しくて堪らないだろ」
つ、と細められた眼差しが欲に燃え、強烈に色香を醸して彼女を射抜いた。魔性に引き摺られるように疼き始めた身体は千年の間に数え切れぬ程、彼に組み敷かれ染められている。
抗えない物を感じて六花は目を泳がせる、彼の身体を鑑みれば流されてはいけない…が───────
生まれ損ないとは言え、彼女にも鬼の性分の飢えや渇きはあるのだ。
「…ん…っ」
熱を帯びた息を漏らす六花は微かに戦慄き、紅潮した頬を隠すように俯く。
ああ思えば確かに彼が臥せって以来肌を重ねていない、飢えていると言われれば頷くしかない。
欲のままにと本能は…魂源は囁く。
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