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「あら」

「馬鹿な…」

 疑わしいと言うよりかは唖然とした、呆れたような長兄の表情にくつくつと喉で嗤って、焔爾は実に拍子抜けだったと掌を泳がせる。
 長姉はしゃなりと優美な仕草で顎に指を添え、深紅の目を丸く瞠った。

「人間って………………全く以てお馬鹿さんねぇ」

 驚きだわぁとさして驚いた風でもなしに呟く長姉は、やがてにこやかに笑みを深める。

「本当、上手く運び過ぎて恐ろしいわぁ…父上殿と来たら」

「…まあ良い。では一つの関にだけ守護があったのだな?」

「ま、ただの餓鬼だったがなぁ」

 今頃弔いでもしているんじゃないか?とどうでも良さそうに溢す弟を見下ろし、長兄はじっと無言の眼差しを向けた。

「何はともあれお勤めご苦労様ぁ、ゆっくり休みなさいな。朱羅が押し掛けて来ない内に」

「……おい」

 休まる気がしないと半眼になる弟をきゃらきゃらと笑って、長姉は豪奢な着物の袖を翻した。

「もう良いな」

 それに倣うように踵を返した弟を長兄は腕組みして呼び止める。感情の映らない深緋色の双眸が、奥底までを見透かしているようにひたと注がれた。

「…焔爾、トドメを刺したのか」

「あ?」

「守護者が子供であったとして、それの息の根を止めたのか」

「はあ?死んでるだろうよ人間風情なら」
  ないふ
 内腑を抉られてりゃあな、と言い捨て今度こそ焔爾は背を向けその場を後にした。それを追いかけ香染色が小走りに傍に寄り、未だ血の滲む体躯を支えるように腕を添える。
 思案気に顎に手を当て長兄は二人を見送るも、やがてそっと嘆息を漏らした。

「…相変わらず詰めの甘い愚弟だ」

「あーよ、あいつお前らの中じゃ多分一番馬鹿だぞ?」

「頭領」

「馬鹿なとこは全部俺譲りだがなぁ、可哀想な奴だ全く」

 父親に肩を叩かれ姿勢を正す長男に緋耀は愉快そうに笑みを浮かべ、並んで遠ざかる濃淡の背中を眺めている。

「どうやらいつもの悪い癖が出たようで、確実に始末してはない様子」

「弱い奴には目もくれないからなぁ」

「しかし流石のあいつでも関の封じを全て解いた後では、覡に後れを取るのも致し方ない話かも知れませんが」

「ま、一度は人間にぼろ負けしときゃ良いんじゃねーの?あいつ馬鹿だから」

 いい加減相手がどんなに弱くて格下でも、叩くなら徹底して全力で叩く事を身に付けた方が良い。
 その見解が一致している父と長兄は、人間を無闇に舐めてかかる三男坊の悪癖が改まる事を期待している。しかし…

「支障が出ると厄介だな…」

 それでも面倒そうに顰めっ面を作り愚痴を溢す長男の背中を叩いて、緋耀は声を潜めた。
 ひのやしゃ
「緋夜叉、万全なんてのは尽くせば尽くすだけ綻びが増えるもんだ。大事なのはそれを尽くしているように思い込ませておく事さ」

 杞憂に暮れても腹の足しにはならねぇよと軽く流して、緋耀はどかりと己の座に腰を下ろした。堂々と構えた姿は流石、鬼の軍勢を束ねる者の貫禄が溢れている。

「…は」

「だからそう気負う事ぁねーぞ、支障でもなけりゃ逆に胡散臭い。簡単に成し遂げられる野望なぞ、ちゃちで敵わねぇからな」

「はい」

 迷わず即答を返した息子に緋耀は片目を瞑って頬杖を突く。満足そうな、物足りなさそうな、何かを渇望しているような薄い微笑で鬼の魁首の一角を務める男は低く独語した。

「さあ…これからだ」




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