夜空を纏う銀月の舞 team.3 「ユカリ、今のって!?」 「お察し。晶術の付随効果に魔法を編み込んだオリジナルスペル。キミと、……リアラと一緒なら威力も倍増。……次、行くよ」 「うん!」 その独自性に驚いていたリアラだったが、「一緒なら」というユカリの言葉に明るい笑みを見せる。 一人じゃない。それは彼女の心により大きな力を与えた。……そしてそれは、その言葉を口にしたユカリ自身にも。 一人じゃないから、安心して術の構築ができる。一人じゃないから、単独では仕留めきれない相手も倒せる。二人はともに、仲間が居ることの素晴らしさを、その一端を確かに感じ始めていた。 それからは早かった。それまで単独では船体へと本格的に絡み付かれるのを抑えるだけで精一杯だった戦局が、四人がユカリに合流した事で一気に傾き――程なくして、あれほど執拗であった触手の抵抗はなくなり、周囲からはその姿を消してしまっていた。 「ふぅ、はぁ、……やっと、終わった……?」 「みたいね。海面からはもう上がってきてないわ。……ほら、もう一つ食べて」 様子を見てきたリアラからグミを貰って食べる。美味しいんだけど、ちょっと甘過ぎるのが難点なんだよね、アップルグミ。 「もぐ……明日ぜったい、筋肉痛になる気がする」 ――と、緊張が緩まりかけていたその時。 それまでの揺れなどとは比較にならない程の低い轟音と激しい震動をともなって、一瞬凄まじい角度に船体が傾いた。 危うくひっくり返って船から投げ出されかけた私とリアラを、骨っことカイルが各々しっかりと掴まえてくれる。 「大変です!船底に、海の主が!」 「なんだと!?」 断続的に続く震動が漸く弱まり始めた頃、船体の確認に出されていた船員が戻り報告しているのが聞こえてきた。――そうだ、 「フィオ!あの子はっ!?」 「……はっ!そうですっ、エプロンドレスの女の子が自分と一緒に船倉の確認に行っていたんですが、そこに主が底を突き破って現れて……飛んできた木片から自分を庇って、大怪我をっ!!」 「なんだって!?……みんなごめん、先に行く!!ゲイトッ!!」 制限いっぱいの距離で連続して空間移動を繰り返す。さくらの秘技を簡略化して運用するために、移動範囲は視界に映る場所に限られてしまう。一刻も早く駆けつけたいのに、扉や壁などの遮蔽物は普通に避けたり開けたりしなきゃならない。そんな手間がとにかく煩わしくて仕方がない。 夢中で移動を繰り返し、船倉へと飛び込んだ先では片腕を失ったフィオが多数の触手を相手に劣勢を強いられている最中だった。 「フィオッ!!」 「ユカリさまっ!すみません、油断しちゃいました!」 「ばかっ!なんで信号を飛ばさなかったの!?」 「前回に続いてポカやらかしたのが恥ずかしかったので……」 多数の触手による噛みつきや体当たりを、網の目を掻い潜るようにして回避しながらも舌を出しておどけるフィオ。そんな彼女を守るため、ユカリも疲弊しきった自分の体に鞭を打ちながら武神ノ式を起動し刀を振るい、さらに巫術と晶術で弾幕を張る。 「大ばかっ!!私の負担なんか気にしちゃダメ!」 彼女の言う前回、とは恐らく、簡単に返り討ちにされてしまったバルバトスとの戦いの事であろう。 先行して一人で戦ってた私を気遣ってくれたんだろうけど……キミって子は……っ!間に合わなかったらどうするつもりだったの!? 上で戦っていた時とは比較にならない程、大量の触手が蠢き波うちながら襲いかかって来る。目を凝らして見れば、暗がりの先・触手の生え際、根元に当たる位置には巨大な"主"の頭部が船の壁を突き破ってこちら側に食い込んでいた。 巨大過ぎて首から後ろは入りきらず水中に取り残されている状態らしく、その亀のような頭の脇から触手を捩じ込んでいる格好だ。蜘蛛のような複数の眼が、邪魔者のユカリ達を排除しようとぎょろぎょろと動いている。 「フィオ、腕は?」 「食べられる前に木箱の後ろに蹴っ飛ばしておきました!」 「自分の体なんだからもっと大事にして……。じゃあすぐに回収して、キミは私のポーチに入って。多分、もうすぐみんなが来るから、それまで時間を稼ぐ」 「でも、それじゃあユカリさまが……っ」 「命令」 「……っ、わかりましたっ」 キミが頑張ってくれてた分、今度は私が頑張る番。腕はあとで"直"してあげるから、もう少しだけ堪えててね。 フィオが腕を回収しに、庫内に積まれた木箱達の方へ走り出す。追い縋るように伸びてくる触手を片っ端から撃ち落とし、戻るまで時間を稼ぐ。すぐに戻ってきた彼女をポーチに入れて、ユカリは本格的に敵へと向き合うため、残る巫力を振り絞り複数の術式を同時に展開し始める。 「まずは鬱陶しい髪の毛みたいなその触手、すっきりさせてあげる。《指定結界》ジェイル……――《暴風ノ牙》トルネイド・ファングッ」 光の帯にて"主"の頭部周辺を半球状に囲い、必要以上に余波が及んで船体を傷付けないように保護。次いでその球の中で荒れ狂う竜巻を発生させ、大小合わせて数百にも届く真空の刃を風に乗せて高速回転させる。 次々と肉を切り裂く音と唸る風の音が混じり合い、容赦なく無数の触手が一気に刈り取られてゆく。 飛び散る肉片は結界の壁に阻まれ張り付き、ユカリはそれに確かな手応えを感じていた。 ……このままならいける そう感じたのも束の間。風の嵐で遮られていた視界の向こうから、突如柱のように太い光線が結界を突き破って、咄嗟に両腕で顔を庇ったユカリの体に激突した。 「ぐっ……!?」 破城鎚でぶん殴られたような凄まじい衝撃は、ユカリの空圧の自動防御をもってしても、防ぎきれずに全身の骨が軋む程のダメージをもたらした。 なに…?いまの…!? 衝撃で吹き飛ばされた体を、敵の攻撃の余波で粉砕された木箱の残骸からよろよろと起こそうともがく。……すると、全身がずぶ濡れになっている事に気が付いた。 水!? どうやら、先程の光線に見えたものは超圧縮された高圧の水流だったらしい。先日のダリルシェイド地下水路に現れた竜の比ではない、まさに規格外の威力。 頭部だけでもかの竜を越える程の体格である分、同じような原理の攻撃でも殆ど別物であった。 「が、ごふっ…」 体に力が入らない。慣れない今世での近接戦闘による長時間の強化の反動か、全身が錆び付いた機械を無理矢理動かすような音を鳴らしている気がした。 同時に、口の中が不自然にピリッ、と痺れる感覚。 ご丁寧に、毒入り…… 先程の攻撃の際に守ってはいたが、それでも知らずいくらか飲み込んでいたようだ。……ただ、幸いな事に麻痺系であるようで、痺れ以外に今のところ症状は見られない。 [back*][next#] [戻る] |