夜空を纏う銀月の舞
team.4
――ずるり。
気が付けば、"主"の触手が一本、足に巻きついていた。そのまま一気に引っ張られ、本体の顎の前まで運ばれていく。
必死に杖を使い引っ張られまいと試みた抵抗は、しかし所詮は巨大生物と小柄な人間の少女だ。完全に意味を為さなかった。
ずるり、ずるりと刈り取った触手の代わりに新たなものが壁の隙間から生え、それらはユカリの四肢を拘束し宙へと持ち上げる。
「こ、のっ……!、むぐっ!?」
さらに細いものがもう一本、今度はユカリの顔へと巻きつき、完全に口を塞ぐ。術の発動に必要な詠唱と動作を封じられた。
冥い光を宿す数個の眼球が、苦労して捕らえた餌にありつける事を喜ぶように歪められる。
先程から空間移動に必要な巫力を引き出そうと試みてはいるのだが、ここに来るまでの連続使用が祟り回復しきっていない為、一向に発動してくれない。その上ポーチの中のフィオは、気配からして気を失ってしまっている。何より、戦える状態ではない。
このままでは、喰われる
己の力を過信していたわけではない。油断していたわけでもない。だが、仲間を置いて"一人で"来てしまった事は致命的なミスであった。上での戦闘で触れた感覚を、掴みきれていなかったのだ。
狭い塔の中で過ごした5年という時間は、また、友人を作る余裕のなかった15年という月日は、なんでも一人で背負い込み、解決してしまおうとする癖をユカリに染み着かせてしまっていた。
そして、ここまで追い詰められた事で漸く、その悪癖を省みることが出来たというのに。そんな己を恥じて、涙すら溢れようとしているというのに。
ダメ、脱け出せないっ
巨大な顎が、耐え難い悪臭を放ちながら開かれる。絡み付いた触手が、ゆっくりとその中へユカリを運び……彼女はそこでそっと、目を閉じて脱力した。抵抗を、諦めてしまったのだ。
せっかく、仲良くなれると思ったのにな――
――ふわりと、体が浮いた感覚。あぁ、ついに投げ込まれたのだと感じた。あとはこのまま、半秒もせずにあの気色の悪い粘着質な舌で飴玉を転がすように全身を舐め回され、硬い硬い歯に頭を噛み砕かれて、また死ぬんだ………………と、そう思っていた。
それなのに。
諦めたのに。
その筈、だったのに。
「――それで、独断専行という愚行を犯すとどうなるか。少しは実感出来たか?」
ほんの少しだけ幼さを残した、特徴あるテノール。驚いて閉じていた目を開ければ、どこまでも吸い込まれていきそうな紫紺の宝石のような瞳とぶつかった。
落とさないように、ぎゅうとしっかり横抱きにされた腕の中で、あの時も感じていた確かな温もりに包まれている。
たす、かっ……た……?
「――……っ、…………っ〜〜!!!!」
声にならない、安心感。そのせいか、一気に涙が溢れ出してしまった。堪えきれない嗚咽が、堰を切ったかのように漏れてしまう。抱かれた腕の中で、さらなる安心感を求め自らも引き寄せ、彼の胸に顔を埋める。
――もっと、もっと強く。
もっと強く、抱き締めていて欲しい。
今だけでいい、生き延びられた実感を、その温もりで感じさせて欲しい――
……あの瞬間、確かに私は生きる事を諦めて死の海に身を投げた。けれど、彼は私が沈みきってしまう前にそこから掬い上げてくれた。
散りかけたこの命を、繋いでくれたのだ。
「フン、泣くほど反省したのなら許してやる。……だから、少し休め」
そう言い、彼は横抱きにしていた私を浸水していない場所まで運んで、そっと降ろしてくれる。
離れていく温もりが名残惜しくて、けれど、いつまでもそうしてはいられないのはわかっていた。
「そういえばあいつの姿が見えんが……その中か?」
彼がポーチを指差したので、こくりと頷く事で肯定する。
「やはりな。ならば尚更早く決着をつけなければならんだろう。……待っていろ」
そして彼は、この間も戦い続けているカイル達へと合流していった。そこまでを見届けた私は、ゆっくりと薄れていく意識の中で。深く深く、感謝の言葉を呟いた。
「……あ……り、が……と…………ィ………………」
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