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真皇帝物語
4

「お前、年は」

「……十三」

ぼそりと呟かれた数字に男は驚愕した。そんな子供が何故このような場所に。

「十三!? おい、お前いったい何をやらかしたんだ?」

あまりのことに勢い込んで尋ねるが、返った応えはごく短いものだった。

「何も」

「何もって…そんな訳ないだろう、ここは監獄だぞ。お前のような子供がぶち込まれるなんてよっぽどのことでもない限り…」

ここで男は一旦言葉を切った。とある答えが脳裏を掠めたのだ。
『よっぽどのこと』なら、一つだけ心当たりがある。それに、年のわりにやたらと不遜な物言い。…可能性はある。
しかし、いくらなんでもこんな子供が。
男が思考に走っている間、人影は一切口を開くことなく、ただじっとしていた。まるで全てのものに興味がないとでもいうように。
やがて、考えがまとまったのか、思考の海から戻った男は再び口を開いた。

「…お前、本当に何者だ。まさかとは思うが、ラミス…」

「その名を口にするな!」

今まで静寂を保っていた地下牢に怒号が響き渡る。
爆発するような声で覚醒したかのように牢内が共鳴した。
鉄格子がびりびりと震えるほどの一喝に男は多少怯んだが、余韻が消えてからほどなくして立ち直った。怒号ならば士官候補生時代に鬼教官から嫌というほど受けている。

「…どうやら図星のようだな。しかし、まさか本当に皇族が収容されてるとはな」

「………っ」

先ほどまでとはうって変わり、人影は抑え切れぬ感情をあらわにしている。それを向けられている男は、内心それがどうしたとしか思っていなかった。自ら国を裏切り、その報いが返ってきている今、自らの犯した罪を認めようとしないこの態度は八つ当たりもいいところだ。その上、年端もいかない子供に激昂されたところで痛くも痒くもない。
そういえば、と、男は別のことを考える余裕まで見せた。
残念ながらこれで賭けは負け決定である。『ルドルの囁き』にいったい何ヶ月分の給料が持っていかれることやら。しばらく娯楽は我慢するより他はない。

「おい…」

もはや地を這うような域に達してきた呼びかけで、男は意識を目の前に戻した。

「なんだ、何か用か」

「貴様、なぜ私が皇族だと分かった」

どこまでも上から口調に苛つきながらも男は律儀に答えてやった。

「…噂が流れてるんだよ。亡国の皇族ともあろう者が、情けないことに牢屋なんかに入れられてるってな。俺はその噂を確かめにきたって訳だ。そしたら囚人のくせに妙に偉そうなのがいたからな。多分こいつだろうと当たりをつけたんだ。聞くところによればお前、裏切り者だそうじゃないか」

「裏…切り…?」

本気で訝っている様子の声に、男は心底呆れた。まさか自覚が無かったとでもいうのか。

「戦争で自分の国が必死で戦ってたってのに、掌返して媚びてきたのはどこのどいつだ。お前が自国の情報をだだ漏れにしたせいで、お前の『愛する』祖国は大負けに負けたんだぞ。それが皇族として最低の行為だってのは俺にだって分かる。お前は、敵国に、自分の国を売ったんだよ」

「なん…だとっ…そんな……」

驚愕と悲哀がない混ぜになったような絶望的な声を出し、人影はそれきり黙り込んでしまった。その響きがあまりに深かったため、男は一瞬同情しそうになったが、いやいや、と考え直す。
同情の余地などあるはずがない。知らなかったでは済まされないことを犯してしまったのだ。こいつに情けなどかければ、ラミスベルガのために戦い散っていった戦士達への冒涜となる。それに、何も知らされずに死んでいった大勢の民達の想いはどうなるのだ。
無知は、時に最も恐ろしい罪悪と成り果てる。
戦場で人の上に立つ者は、下についてくる者達の生死を握っている。一歩判断を誤れば、それが部隊の全滅への糸口になる。それは波紋となって拡がり、他の部隊はしわ寄せを強要され、そこからまた新たな綻びが生じて軍全体を揺るがすほどの不祥事へと発展していく。それは国の力も大きく削ぎ、やがては破滅の一途を辿ることになりかねない。
だからこそ、部隊の隊長には優秀な人物が選ばれる。周囲の状況を把握し、できるだけ多くの情報を集め、正確な判断で部下達を導く。それが命を背負う責任であり、隊を統べる者として最低限の義務である。
そして帝国における最高指導者、皇帝にいたっては、民を、ひいては国を護らなくてはならない。皇帝として必要な知識と現状把握、民の声などを全て頭に入れた上で、国を動かす命を下す。そこに怠惰や隙、私情や無知は決してあってはならない。たった一言で国を動かすことのできる力の裏には、それに匹敵する責任が伴うのだ。少しでも誤れば、民は息絶え、国が滅ぶ。
亡き大国、ラミスベルガのように。
だからこそ、牢の中で途方に暮れている子供に情けなどかけられない。若すぎる年齢や、裏切りに至る経緯などはこの際関係ない。それによって出た結果が全てなのだ。
いささか複雑な心境になりながら、それでも男は冷たく言い放った。

「…まぁ、これから死ぬまでそこで反省するといい。それでもお前の罪は拭えないだろうけどな」

「……………」

暗がりの中から応えはなかった。かなりの衝撃を受けたが故に言葉を失ったのだろうと解釈し、男は小さく息をついた。
これ以上ここにいても意味はない。目的は果たしたし、言いたいことも言った。とりあえず、そこに転がっている亡骸の報告書だけ提出せねばなるまい。


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あきゅろす。
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