真皇帝物語
8
「即興の度胸試しにしてはえげつなさ過ぎんじゃないの、『姉さん』」
「あなたこそ、演技の質が上がったんじゃないかしら。その顔、黒さが増してるわよ」
あら、美白が足りなかったかしら、などとうそぶくアルベラを軽く小突き、団長は階段をみつめてほくそ笑んだ。
いい顔をするようになった。あそこまで真正面から反抗されるとは正直思わなかったが、それもまた面白い。むしろ反抗しないようだったら二人まとめて放り出す心積もりだったのだ。
なんとも青臭い覚悟ではあったが、若いうちはあれくらいがちょうどいい。理由はどうあれ、恩人を見捨てるような輩は『秘匿の鍵』に必要ない。初の任務は、彼にどんな影響を与えたのだろうか。
それとも、あの少年と出会うことで何かを見出だしでもしたのか。
どちらにせよ、いい影響であったことは間違いない。それに加えてなかなか力の強い魔導士と可愛らしい幻獣までついてきた。
(…さすが私)
心の中で呟く。この先見の明の素晴らしさは称賛すべきものだろう。
「しっかし、今のが恒例の度胸試しだってばれたら、アタシ達一生恨まれるわねー…」
「そんなことないわ。私達が一言でも嘘を言ったかしら」
「…言ってないわね、確かに」
納得したアルベラが一人頷く。
傭兵団の規則というのは本当に存在する上、初任務に関する規則も当然実在のものだ。初任務を邪魔した者にはその命をもって報いを受けてもらう。
しかしそれは死をもってもたらされるものではなく、その命を傭兵団に捧げるという意味である。分かりやすくいえば、一生タダ働き。
つまり、団長もアルベラも、最初からシアを傭兵団に加入させるつもりだったのだ。命を奪うという意味のままで話が進み、新入りいびりのようになってしまったのは、短気を起こした蒼竜が悪い。
ただし、団長とアルベラが極悪人ムードを楽しんでいたことこそが諸悪の根源ではあるが。
「…ああ、それで姉さん、あの子達に託した依頼って何なの? 結構でかいとか言ってたけど」
軽く首を傾げてアルベラが尋ねる。団長は再びフォークを手に取り、それを指の間で廻して弄び始めた。
「ワイース公爵邸のご令嬢から直々に使者が送られてきたのよ。……『先見のブレスレットを取り戻して下さい』とかなんとか」
依頼主の名を聞いた途端、アルベラは瞠目した。
「ワイース…? これまた豪勢な依頼ね。しかも先見のブレスレットって確か…」
「まぁお金はいくらでもくれるみたいだし、悪徳にならない程度の法外な額をふっかければ元は取れるでしょう」
さりげなく足元凝視発言をする団長にアルベラは頬を引き攣らせた。
「悪徳にならない程度ってどんだけふんだくるつもりよ…。っていうか、あの子達は大丈夫なの?」
「『焔刃の将』を倒したのよ、そうそうやられることはないわ。というより、私の手ほどきを受けといて誰かに負けたりなんかしたらむしろ私が斬る」
「……可哀相ねヴィオも」
踏んだり蹴ったりなヴィオの待遇にアルベラは本気で同情した。この姉は有言実行だ。斬ると言ったら本当に斬るだろう。
それに、と団長は言い継ぐ。
「ティオガルシアといったかしら。あの子の『あれ』は多分間違いない。何故蒼竜を従えてるのかは分からないけれど、強力な魔導士であることには変わりないわ。後方支援にまわせば頼りになることでしょう」
「…まぁ、それもそうね」
魔導士は何人いても役に立つ。戦闘においてはもちろん、生活の上でもささやかな術があれば非常に便利だ。
特にここの傭兵団には、今まで魔導士が一人しか存在していなかった。それだけにシアは大きな戦力となり得るだろう。
「さて、と。私も色々と準備しようかしらね」
「……動くの?」
立ち上がった団長にアルベラが鋭く尋ねる。それにひらひらと手を振って曖昧な応え方をした団長は、ゆったりと髪をかき上げた。
「…そうだ、あなたもギルドに行っといて。最近野盗が増えてるみたいだから、正義の鉄槌を喰らわしてあげなさい」
「人使いが荒いわね…。小金を稼ぐって素直に言ったら…」
「正義の鉄槌」
「わぁかったわよ、行ってくればいいんでしょ」
息をついたアルベラが階段を上がっていくのを見届けると、団長はふと思いついたように台所に移動した。
冷蔵用の貯蔵箱を開け、何かを探すように目を巡らせる。
やがて、秀麗な顔に青筋が浮かんだ。
「……ケーキが切れてるじゃない! ちょっとユニス!」
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