真皇帝物語 9 * 「おい、もういいだろう、離せ」 『黒羽』の入り口を出たところで、ヴィオに掴まれたままだった腕を鋭く引いたシアは不快な心情をさらけ出した。 「まったく…何なんだあの理不尽極まりない団長とやらは。なにもかも無茶苦茶過ぎる」 怒りの所為で歩みが速く粗野になる。ヴィオはそれに難無くついていくが、再び小鳥に変化した蒼竜は忙しなく翼を羽ばたかせて後を追った。 「初任務がどうの規則がどうのと散々振り回しておきながら、最終的には団に入れだと? 非常識にもほどがある」 他人のペースにここまで乗せられたのは生まれて初めてだ。いいように転がされて上から抑えられて、こんなに腹立たしいことはない。しかも、何故か勝手に傭兵団入りが決定している。こちらの都合など丸無視だ。理解できない。 仏頂面で憤慨するが、ヴィオはしょうがないというように笑みかける。 「団長はああいう人だからな。どんな状況でも主導権握ってて、いっつも自信満々で。俺もあの人に反論したのなんか今日が初めてなんだぜ?」 「お前はあんな不条理を許しているのか。もっと徹底抗戦して然るべきだろう、何故そうしない。だいたい、お前は何故こんな傭兵団に入ったのだ?」 怒りに任せて矢継ぎ早に尋ねると、頭を掻いたヴィオは困ったように笑みを返す。 「なんでって…そりゃーおっかねーからだよ。怒らせたら本気で斬りかかってくるし、お仕置きなんてされたらたまったもんじゃねーし。…それに、団長にはでっけー恩があるしな」 「恩だと…?お前はあんなのから恩を買わされているのか。それには私も同情する。災難だったな」 「心がこもってねーなぁ」 ぼやきつつも苦笑したヴィオは別段気分を害した風ではなかった。 その様子をちらと見たシアは、何の気無しに尋ねる。 「で、そのでかい恩というのはいったい何なんだ」 「ああ、俺の家族とかは戦争でみんな死んじまっててさ、帰るとことかもねーんだ。適当にふらふらしてるところを団長に拾ってもらったんだよ」 「……そうか」 短く返せば、おう、と返ってくる。 「だから団長には一応感謝してるんだぜ。ああ見えて結構優しーとこも……ある……と思うし……多分…」 本人が聞いたら無言で刃物を投げてきそうな台詞である。今まで優しいと感じる面をよほど見ていないのだろう。 ヴィオは気楽な表情を崩すことも落ち込むこともなくごく自然に話していたが、その内容の重さに気づいたシアは胸中でたぎっていたものが一気に冷めていくのを感じた。 これは、聞いてはいけないことを聞いてしまっただろうか。 「……おい」 「ん、なんだ?」 至って呑気そうな面を向けるヴィオだが、それとは対称的に眉尻を下げてシアは呟いた。 「…その……災難…だったな…」 言ってからシアはしまったと思い、つい目を逸らした。災難どころで済む話ではないのに、安い慰めをしてしまった。こういう時にどんな言葉をかけたらいいか分からないくせに、下手に気など遣うからだ。 自分の口下手さを心底呪ったシアだが、ヴィオの反応は落ち込むでも怒るでもなかった。 見れば、非常に驚いたように目を見開き、じっとこちらをみつめている。 「…何だその顔は」 いささかぶっきらぼうに尋ねれば、ヴィオは素早く頭を振った。 「あ、いや、さっきと違ってずいぶん心がこもってたから。お前でも人を慰めたりするんだな」 「…どういう意味だ」 眉根を寄せたシアはそっぽを向く。失敗した。気遣ってやったりするんじゃなかった。 そんなシアを見て、ヴィオは嬉しそうに笑う。 「でも、ありがとな。やっぱお前いいやつだよ。一緒に傭兵団入れて良かったよな」 「何が良かったんだ、ちっとも良くない。だいたい、お前が余計なことを言わなければ私達はさっさと…」 ふと、あることに気がついたシアは言葉を途切れさせた。首を巡らせておもむろにヴィオを見据える。 「…お前、さっき自ら傭兵団を辞めるとか言っていなかったか」 「…ああ、言ったかもな」 「帰る場所がないのだろう、辞めた後はどうするつもりだったんだ」 「ん? そんなもん考えてねーよ」 「な……っ」 それが当然だと言わんばかりの答え方にシアは度胆を抜かれた。何を考えているんだこいつは。いや、何も考えていなかったのか。 シアの表情から言いたいことを読み取ったのか、ヴィオは言を継ぐ。 「だって、お前が団長に斬られないようにするにはそうするしかなかっただろ」 「誰が私を助けろと言った! それにこんな帝国のど真ん中で路頭に迷いでもしたら、不審者だと決めつけられて巡回の兵にしょっ引かれるぞ」 「げ、マジかよ。危なかったな俺の人生」 [*前へ][次へ#] [戻る] |