真皇帝物語 3 「…ユニス、というのか。残念だが私は依頼人ではない。よくは分からんが客として連れてこられただけだ」 「お客さん…?」 意味が分からず首を傾げるユニスの肩をアルベラがつつく。振り向いた彼女の耳に二言三言告げると、ユニスは得心がいったというように何度か頷いた。 「なるほどねー…じゃあ期待して待ってよっかな。それじゃ行ってきます」 「あら、どこ行くの?」 「買い出し。団長用のアレ尽きちゃったし、あたしも任務のために備えとかないと。…あ、そんでさぁヴィオ、初任務どうだった? めでたく成功?」 期待たっぷりの眼差しでみつめられたヴィオは、その眼を直視できなかった。それを見て察したユニスはひどく驚いた様子だった。 「……うそ、ホントに? 何か間違いが起こったとかじゃなくて?」 「いや、間違いっつーか……」 言い淀んだヴィオは頭を掻いて思い悩む。何と説明すればいいのだろうか。あの頭目を相手に自分一人で戦って勝てる自信はあまりなかったが、これからという時に文字通り横槍が入ったのも事実である。それのおかげで助かったはいいが、初任務成功の条件を満たせなかったのだ。 上手い言葉を見つけられずにうんうんと唸る。そんな彼を救ったのはアルベラだった。 「まぁ色々あって、ね。完全な失敗ではないから、とりあえず保留ってことになってんのよ。これから団長に審判を求めに行くわ」 「うーわ、それ一番嫌なパターン。大丈夫だよヴィオ、団長だって人間だし。それじゃっ」 軽やかに告げたユニスは、ばたんという扉の音を残して去っていった。彼女のとってつけた様な励ましの言葉にヴィオは撃沈する。 そしてその様を見ていたシアは否応なしに思った。 (…団長とはいったいどんな人物なんだ) 先ほどから聞いていれば地の果てまで追ってくるとか、覚悟を決めるとか、団長とて人間だとか。そんなに強烈な人物なのだろうかと思わず勘繰ってしまう。 「…どうかしたか」 考え込んでいるのを気に留めたのか、肩の蒼鳥が静かに問うてくる。なんでもないと首を振れば、そうか、とだけ返された。 「じゃあ行きましょうか。ほら、沈んでないでついてくる」 アルベラに引きずられるようにして階下へと向かうヴィオについていけば、そこは食卓のようだった。部屋の中央に置かれた大きなテーブルには若葉色のテーブルクロス。周りにはいくつかの椅子が添えられており、奥の席には何故か絶世の美女。 後頭部で髪を無造作に括っているが、癖がなく背中まで真っ直ぐ伸びるそれは鮮やかな紅。タイトな服装がしなやかな身体の曲線を強調し、胸元には豊かな膨らみが覗く。長い睫毛や瑞々しい肌などで構成された顔は言うまでもなく美麗だが、浮かんでいる表情からは何も読み取ることができない。 謎の美女は完全な無表情でケーキらしき物をもそもそと食べていた。その様子は小動物か何かのようだが、フォークを持つ手が明らかにおかしい。柄の部分を逆手で掴むように持っており、手首を返しつつケーキをちぎるその食べ方はいっそ器用である。 「戻ったわよ、団長」 アルベラがそう呼びかけると、機械的に動いていたフォークがぴたりと止まった。かと思えば、ちぎり済みのケーキの欠片を勢いよく突き刺し、口に運んでフォークを置くまでを一瞬のうちにやってのける。 その目まぐるしい動きに若干怯んだシアは肩に向かって小声で尋ねた。 「……そんなに食べたかったのだろうか?」 「我に聞くな。ああいう手合いは苦手だ」 その時、ケーキを飲み込んだ美女が言葉を発する。 「…ご挨拶ね。初対面の相手にいきなり苦手発言はいただけないわ」 「………!」 [*前へ][次へ#] [戻る] |