Dulcet Varmillion
2
暗闇の中でヒトリ、男ジャン・クロード・エドガーは想う。
ああ、またここに来てしまったのか、と。
そこは、座標からかけ離れた、酷く曖昧で、ぼんやりとした空間。
上もなく下もなく、右もなければ左もない。全ての方向という概念から切り離された世界。
そこに居るのは、見た目壮年近くであろう男性唯一人。
気品に満ちた姿、落ち着いた物腰、栗色の髪は艶を持ち、しっかりと整えられており、光を宿すアッシュグレーの瞳は今も尚光を失ってはいない。
時の流れと共に深く刻まれゆく皺。
年相応の落ち着きと、大人としての熟練した雰囲気の兼ね備えてはいるが老いても尚衰える事の無い、その精悍な顔立ちと体躯は、若かりし頃、彼が他に誇るべき美貌を持っていたであろう事を容易く想像させた。
『オイオイ、一人トハ心外ダナ』
どこからか、酷く無機質な声が一つ、クロードの耳をやんわりと掠める。
しかしながら、目視出来るのはクロード一人の姿のみ。
『またお前か、……大概暇だな』
クロードは特に何の感情も見せず、声の主にそう返す。
『マアナ、オ前ガ来テクレナイト、俺モ寂シイノサ』
いつしか迷い込んでしまった空間の中で、姿を見せず、おどけた様子で振る舞うこの存在の事を、クロードはカゲと呼んでいた。
自分の中に確かに存在する光に照らされざる闇。
その存在こそがカレであると。
初めてその事をカレに告げた時、カゲは笑いながら答えた。
『強チ間違ッチャアイナイガ、ソウ定義スルノナラバ、オ前自身ガ影ナンジャナイノカ?』
――自分ガ善人ダト信ジテイルオ前自身コソガ影ダ……と。
不意を突かれクロードは言葉を失ったが、カゲはそのことについてあえて言及しなかった。
『マ、オ前ノ好キナヨウニ俺ヲ呼ベバイイサ。ドウセ此処ニハ、俺トオ前シカイナイ』
クロードは、この時始めてこの自分のカゲという存在にも感情があるのだという事に気付きそしてふと、今のカレは楽しげに笑っているのではないかと思った。
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