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Dulcet Varmillion
3

 思えばクロードがこの曖昧な空間に迷い込み、カゲと出会ってもう数十年が経つ。

カレと初めて出会った時も、相変わらずの調子で面喰ったものだが、もしカレの性格が、このようなものでなければ、今頃きっと自分はこの空間の中で一人、発狂し廃人と化していたに違いない、そう思うとクロードは、背筋を何か冷たいものが走るような気がするのであった。

そう思えば決してカゲの性格は悪いものではないのであろうが、もう少しどうにかならないものかとクロードは心の中でいつもそっと思う。

『オ、イツモノ劇場ガハジマルミテーダナ』

ふとカゲの声に気付き、物思いに耽っていたクロードが顔を上げると彼の周りを、小さく軟らかな光が飛び交う。

フワフワと宙に舞うそれは、まるで夏の夜のホタル。異なるのは、その光の中に、ある情景が一定の振れ幅を持って、繰り返し投影され続けているという事。

光は現れては消え、中の映像に差異を生じながら、何度も何度もそれを繰り返す。

――それは最早、見慣れた光景だった。

目の前のコレが現実なのか、それとも自分の作り出した幻に過ぎないのか

……考えても分かるはずがない。クロードはその事をよく識っていた。

何故なら、この状況に陥る度に、彼は頭をフル回転させ、その答えを必死になって探したが、何十回、何百回、何千回思考しようとも、彼を納得させるだけの答えなど得られなかったからだ。

カゲという存在についても同等だ。この空間についても、目の前に現る光についても、考えても何も分からない。これが、今のクロードが認識した最大の事実。

クロードは、その場にそっと腰を下ろした。今となっては、考える事さえ億劫だ。しかしながら、数え切れぬ思考の交差も、決して無駄であったという訳ではない。

彼が手に入れた大切な事実であり、この状況を打開する為の唯一の方法。

――それは、ただ黙ってこの嵐が過ぎ去るのを待つ事。

否が応にも光が見せ続けるこの情景を、クロードは静かに見守り続けるしかないのだ。

いつものように最初の光がクロードの元へゆらゆらと寄りついてくる。

上映されるこの広い空間内は暗転。波乱万丈、人生劇場の幕を上げるには調度いい。

どうやら今回も意識の水底で、他人の意識が、記憶が流入しているようだ。目まぐるしく移り変わる情景。その観客は男と姿の見えぬカゲ一つ。

さあ、今宵はどんな情景を二人に見せるのか――



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