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さようなら、こんにちは

何でも良いから手、離してリース!
「む、む」
ちょっとで良いから! はい離すッ!
 リースが未だかつてこんなに可愛らしく、そして憎らしく思えたことはあっただろうか。答えはもちろん、ない。
 俺はリース=高所恐怖所を理解した瞬間から全力でリースを引き剥がしにかかっているが、一国の騎士だけあってなかなか引き剥がせない。でも、まだ死にたくなんかない。
 しかし無情にも、地面はすぐそこに近付いていた。
 やるしか、ない。
「"世界を漂いし姿を見せぬ物我を包み生きとし生ける物を誘う無今我手中へと集まりて我の意思をこの世に映し出せ"」
 脳裏を過ぎった決意は噛むことなく凄まじき速さで詠唱させ、そして俺の集中をあり得ないほどに高めてくれた。俺は間近に迫った地面に向け、何とかステッキから僅かに手を離し、地面に手のひらを向ける。
風の的ウィンシャルベ
 ゴオッ――と俺らの行く手を風が阻む。
 起きた風は見えぬクッションとなって、俺らはふわり、と優しく地面に降り立った。俺はほうっと息を吐いてステッキを腰に戻す。そしてすっかり腰の抜けたらしい、へたり込んだリースを振り向いた。
「なあ、リース。殴るなとは言わないけど、学習はしてくれると嬉しいな……なんてさ」
「ごめんなさい」
「うん、俺も気付かなくてごめん」
 死にかけた俺らは互いに素直に謝り合う。その時ふと、リースが震えてるのに気付いた。高い所が本当に怖いらしい。俺は押し寄せた罪悪感に、よしよしと頭を撫でて上げた。艶のある翠の髪がさらさらと指を通る。
 なんか、立場逆転してる? 俺、リースと居ると殴られてばっかしだしなあ。うーん、感慨深い。もちろん、たまにこういうのも良いかも、とかは微塵も思ってない。
「ノリィ・ラックが逃げっからだろー?」
 と、耳元で聞こえた声と右肩に感じた重さに、俺はひくりっと頬を引き攣らせる。
「おーおー、なんだなんだぁその態度は!」
お前、俺がどんな気持ちで逃げてきたと思って……良いから黙ればかっ
 俺は文句を垂れる“そいつ”に小声でそう言って、咄嗟にその場から全力で逃げた。ふと目にした、ちょっと草が吹っ飛んでる草陰に飛び込む。
 隠れる間際に見えた、リースの呆然とした顔は見なかったことにしたい。ああ……なんでこいつは常識ないんだろうか。俺は肩に乗る、真っ白なそれを睨み付けた。
「あのな、動物は喋らないんだよ。分かる? 喋らないの!」
「あ? 俺、喋ってっけど?」
 ばさりばさりと俺の目の前に降りて、そいつは真っ黒な瞳で俺を見た。
 俺はこめかみを押さえて溜息を吐く。喋る真っ白な梟が世界を探してどこに居るだろうか? いや、まあ、実際目の前に居るんだけど。それが他人に見られたら大変な騒ぎになるのは当然。「ねーねー白い梟見せて!」と、世間様に絡まれるに決まってる。
 近い将来そうなりそうな気がして、俺はもう一度溜息を吐いた。
「頼むから気を付けてよね。ほんと、頼むから」
「あーはいはい。あ、それどころじゃねーんだって!」
 翼をばたばたさせて訴える梟――俺の相棒である梟のホワイトは、がらりと雰囲気を変えて俺を見つめてきた。


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あきゅろす。
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