短編集 そのA
一番近くに居て、一番遠い彼女 (手塚国光)
青春学園中等部、校門前。
ざわざわ、と生徒達がざわめく。
それもその筈。
他校の生徒が、校門の壁に凭れて、まだかまだか、と誰かを待っているのだから。
「氷帝のコよね……」
「誰待ってんだろ?」
ボソボソ、と耳打ちし合う。
「あ!!はっちみっつくーん(^-^)ノ"」
「奏荼……?」
「桜井さん?」
国光と秀一郎が、奏荼に近付く。
「あ、小石くんも。こんにちわ」
「お……大石なんだけど……、どうかしたのかい?」
「ハチミツくん、キミの家に行きたいんだが……何処?」
「「………(--;)」」
スマホを片手にしている、と言う事は、地図アプリを見ながら、国光の家に向かっていたのは良かったのだが、忘れてはならない。
奏荼は、極度の方向音痴である事を。
「お祖父さんに逢いたくなってね」
「道は覚えているだろう?」
「2番目の兄上と一緒の車だから判んない」
「雪斗さんとだったか……(--;)」
雪斗は奏荼溺愛だから、道を覚えようとしていても、話しかけてしまってそれ所ではなくなってしまったようだ。
「方角だけでも言ってくれたら、一人で行くよ?」
「…仕方ない。大石、明日でも構わないか?」
「え、あぁ。俺は構わないけど……」
「良いよ、ハチミツくんも用があるのだろう?」
「急ぐ用でもないからな。奏荼、行くぞ」
「ごめんね、小石くん。ハチミツくん借りるね」
奏荼は慌てて、国光の後を追う。
残された秀一郎は一言。
「大石なんだけどな………」
そう呟いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ハチミツくん、ハチミツくん」
「どうした?」
「ちょっとばかしお願いがあるのだよ」
「お願い?」
「キミにしか頼めなくてね。実はーーーー……」
奏荼が、同じ学年の男子生徒に告白をされたのだが、奏荼は一切興味はなく、振ったのだが、しつこく言い寄ってくるのだと云う。
かと云って、景吾達に頼もうと思っても、非公認のファンクラブがあり、何をされるか判らない。
やられたらやり返せ、がモットーの奏荼が、黙っている筈もなく。
そうなれば只では済まない。
きっと海音達の事だ。
出張ってくるに違いない、と、云うのだ。
「………キミにしか頼めないんだよ。キミなら名前呼びだしね。イトコって云うのはテニス部レギュラー以外知られてないし」
「………」
「こう云う事を嫌いなのは判ってる………けど」
微かに震えているのが判る。
どうやら、他にも事情があるようだ。
「判った」
「え?」
「恋人のフリをすれば良いんだろう?」
「ありがとう」
ぱぁっ、と、笑顔になる。
昔見た、あの笑顔のままだ。
俺にしか見せない、唯一の笑顔。
この笑顔を守りたい。
「1番目の兄上にも相談したんだよ」
「海音さんにか?」
「うん。そしたらハチミツくんの家に暫く居候しなさいって」
「………お爺さんが朝から機嫌が良いのはそう言う事か」
朝の事を思い出す国光に、奏荼は苦笑いを浮かべた。
「……手」
「手?」
「繋いでもい?」
「構わない」
差し出された手を繋ぐ。
奏荼の笑顔がさらに深まる。
心底嬉しい時にしか見せないその顔は、国光の心の中に波紋を呼んだ。
何時か胸に植わったこの想いが、そのまま芽吹くか、萎れてしまうかは、誰にも判らない。
今はただ、この関係を維持していたい。
一番近くに居て、一番遠いカノジョ。
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あとがき
イトコであるが所以の、ジレンマ。
2017.03.02
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