桜 常 編 56 おれは意を決して鳴瀬に言った。 「おい、そろそろここから出ていけ」 おれのベッドに寝転がって雑誌を読んでいた鳴瀬は、視線だけをこちらに向けた。 「俺の部屋は修理中だ」 「こんだけ時間あったら全面リフォームできるだろ! おれの身にもなってみろよ。 お前がいるせいで陰口叩かれるわごみ投げつけられるわ、さんざんなんだよ!」 すると鳴瀬のまとう空気が一気に鋭くなり、部屋の温度が下がった。 鳴瀬は雑誌を置いて起き上がり、おれの目の前に立った。 気迫に押され、尻尾を巻いて逃げたくなったが逃げ場はない。 だが言いたいことを言ったのだから、悔いはない。 「そんなに出ていってほしいのかよ」 「……ああ」 「ふうん」 鳴瀬の手がぴくりと動いた。 それだけでも警戒した体は過剰に反応してしまう。 鳴瀬はおれの顎をわしづかみにして持ち上げ、視線を合わさせた。 鳴瀬の切れ長の目の奥が暗く光る。 そのままの状態でずいぶん長い時間が経った気がする。 おれは溜まりに溜まった鬱憤をこめて鳴瀬を睨んだ。 静かな攻防がおれたちのあいだを行き来する。 いつまで経っても態度を改めないおれに、鳴瀬は根負けしたのか痛いほどの強い視線を収めて舌打ちした。 「なんでお前ってそうなんだろうな。この強情」 「うるさい」 「まあ、そっちのほうが面白いか」 顎をつかむ手に力がこめられ、さらに上を向かされる。 おれは鳴瀬に喉をさらけ出す格好になった。 鳴瀬はもう片方の手をおれの喉に滑らせ、リンパ腺の辺りを緩くなでた。 「お前って屈服させたくなるタイプだよな。泣いてすがって懇願するときはどんな顔になるんだろうな?」 「そんなときなんか来ねえよ!」 変態め。 「あーはいはい、そうかもな。……わかったよ、出ていく。だけどその前に一度ピースの回収に行っておこう。 そうすればいい目くらましになるだろうし」 「本当に黙っててくれてるのか? 倉掛にも?」 「黙ってるって。少しは信じろよ」 唇の両端をつままれて、おれはアヒルのようなとがった口になった。 「わかっひゃよ、しんじりゅ」 「よし」 つぶれた言葉をうまく聞きとったらしく、鳴瀬はおれを離してまたベッドに寝転がった。 おれの居場所がないのだが。 ◇ *<|># [戻る] |