ブルー・デュール
桜 常 編
53
鳴瀬は夕食に行こうと支度していたおれの腕を引いて、奴の黒いクッションに座らせた。
「夕飯行くんだから離せよ。早く行かないと慶多たち食べ終わって行っちまうだろ」
「飯ならここで食えよ」
「食堂行かないでどうするんだよ」
「俺が言えばここに持ってきてもらえる。生徒会の特権だ」
食堂で出されるものは食器を使わないデザートなどを省き、原則として部屋への持ちこみは禁止だ。
仕事が忙しい生徒会のためにそういう制度があるのだろうか。
単に鳴瀬が信者たちをパシリにしているだけのような気もするが。
あの連中なら、鳴瀬のためならたとえ食堂のおばちゃんにばれても喜んで説教を受けるだろう。
「お前は持ってきてもらえばいいだろ。おれは食堂に行く」
「なんでだよ、ちゃんとお前の分も持ってこさせるからここで食えって」
「いいってば」
「わざわざ食堂に行かなくて済むんだからそれでいいだろ」
「だからいいって!」
鳴瀬の腕を無理やりひきはがそうとすると、余計に力をこめられた。
鳴瀬の細められた目が言うことを聞けと言外に語っている。
まずいムードになりそうだったので、おれはしぶしぶ了承した。
鳴瀬は隣にどっかりと腰を下ろし、おれの腹に手をまわして誰かに電話をかけた。
いくばくもしないうちにドアベルが鳴り、珍しく鳴瀬が出た。
いつもなら鳴瀬の用事でも、お前の部屋だろうと言っておれに行かせるのに。
いやに入り口が騒がしい。
なにやら言い争っているようだ。
鳴瀬に反論できる信者がいたなんて驚きだ。
食器が乗ったプラスチックのプレートふたつを手に戻ってきた鳴瀬は、ひどく不愉快そうだった。
その後ろから倉掛が顔を覗かせた。
「やありゅう! おつかれー」
「え?」
プレートを持ってにこにこしている倉掛のさらに後ろには、新と湊もいた。
倉掛は背中にプリントがある黒いジャージを着て、新と湊は色違いのポロシャツに
柔らかそうなハーフパンツをはいている。
一方おれと鳴瀬はまだ制服だった。
「え? なんで?」
「……頼んだ奴がここに来る途中見つかっちまって、そのまま一緒に来させられたんだと」
鳴瀬がローテーブルにプレートを置きながら言った。
「だって凌士ばっかりずるいよなー。たまには俺たちも混ぜろよ」
「そうですよ会長」
「僕たちをのけ者にするのはよくないです」
副会長と書記と会計はローテーブルにそれぞれのプレートを並べた。
五人が食事をするには狭すぎるが、倉掛たちに気にする様子は微塵も見られない。
おれは一番奥に押しこめられ、目の前のプレートを見下ろした。
メインの皿には千切りキャベツとしょうが焼きと煮物とサバの塩焼きが乗っていて、
ご飯とみそ汁とミニサラダが添えられている。
ご飯とミニサラダは毎回あって、汁物の種類は日替わりだ。
今夜のデザートは苺のムースタルトだった。
「うまそ……」
左隣に座った倉掛はおれの顔を見ると噴き出した。
「なんで笑うんですか」
「おあずけされてる犬みたいだなーと思って。そんな物欲しそうに見てないで、早く食べよーぜ」
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