サビイロ契約
5
「……酒も煙草も持ってない、だから通してくれ」
「へえ、でもそんな大事そうにされると見たくなんじゃん。ひまなんだろ? 遊ぼうぜ」
下心が見え見えの笑顔で詰め寄られたところで、珂月の気持ちが揺らぐはずもない。
「悪いけど、またあとで」
「あとっていつだよ、今でもいいじゃん。なあ」
なれなれしく肩を抱かれ、珂月は顔をしかめて身をよじった。
「やめろよ、離してくれ」
「なんでそんなこと言うわけ? こんな世の中だし、たまには楽しまないとやってけないだろー? 人間同士仲良くしよーぜ」
「いいってば!」
しつこい手を振りほどこうとして、勢い余って袋が地面に落ちた。
少年は珂月に怒鳴られると笑みが引っこんだ。
「……いい気になんなよ」
少年は落ちた袋を靴底で踏みにじった。
周囲の少年たちが小馬鹿にしたように笑いだす。
「おい園生(そのお)ー、もったいねえことすんなよー。中身食いもんだぜ?」
「けっ、なんの役にも立たない奴に食わせるのと大差ないだろ。食いものもらってんならそれ相応の働きしてもらおうじゃねーか」
園生は珂月のパーカーをつかんで引き寄せた。
鼻と鼻がくっつきそうなほど顔を近づけ、どすの利いた声を出す。
「こんなひょろくてハンターやってるとかばっかみてえ。お前評判悪いの知ってる?
なんで頑固に赤い服着続けるのか意味わかんねーよ。どーせハンターつっても、仲間に守られてるだけのお荷物なんだろ?」
「違う!」
痛いところを突かれ、珂月は逆に園生の胸倉をつかんだ。
「あ、なに殴んの? いーの? おうち追い出されちゃうよー?」
珂月はそれでも構わないと思った。
園生に一発入れられるのなら、喜んで出て行ってやる。
珂月がこぶしを振り上げたとき、少年たちの後ろにオレンジ色の頭が見えた。
「はいはい、その辺で勘弁してあげてくれる?」
少年たちはぎょっとして声のしたほうを向いた。
すぐそばまで来られていたのに、まったく気配がしなかった。
夕日のように鮮やかなオレンジの髪の青年は、目尻を下げてにこにこしている。
「かわいそうだろ、あんまりうちの珂月いじめないでくれるかな」
「てめえは……」
園生は半眼で青年を睨みつけ、ちらりと青年の腰に目をやった。
青年のベルトに警棒がぶら下がっているのを見ると、舌打ちして仲間たちに顎で合図した。
「行こうぜ。時間の無駄だった」
園生は行きしなにビニール袋を思いきり蹴飛ばしていった。
少年たちが去っていったあと、珂月は袋を拾って中身を確かめた。
卵が割れてどろどろの中身が漏れ出し、トイレットペーパーに染みこんでしまっている。
豚肉とじゃがいもはまだ食べられそうだが、かなりひしゃげている。
「あーあ、こりゃひどいなあ」
榎村浩誠(えのむらこうせい)は、袋の中身を覗きこむと笑って言った。
珂月がしょんぼりしていると、浩誠は大きな手で優しく珂月の頭を叩いた。
「お前は悪くないよ。あいつらはただお前に構ってもらいたいだけなんだ。
親に放っておかれて、いつまで経ってもアプローチがガキのままなんだよ」
「うん」
「こりゃすぐに食っちまったほうがいいな。今から俺んち来い。な」
浩誠は珂月の頭をぐしゃぐしゃにした。
珂月は笑顔の浩誠を見上げ、つられて笑った。
「浩兄が飯作ってくれるのか?」
「ああ。今日は結構人数いるから、材料はたくさんあるぞ」
「そっか。じゃあ泊まってっていい?」
「もちろん。ぼろいけど部屋ならいっぱいあるしな。宴会になったらだいたい埋まるけど、お前なら俺の部屋で寝かせてやるよ」
珂月は思いのほかほっとしている自分に気がついた。
今夜をひとりで過ごすのは少し怖かったのだ。
浩誠は珂月が幼いころから一緒に育った近所のお兄さんで、家族ぐるみで仲がよかった。
いつでも珂月のそばにいて、面倒を見てくれていた。
それは今でも変わりない。
珂月が安心して身を委ねられる唯一の人物だ。
「怪我してないか? なにも変なことされなかっただろうな?」
「大丈夫だって。その前に浩兄が来てくれたから」
「ならいいんだが。今度絡まれたらすぐ俺を呼ぶんだぞ? 無線機はいつでも持ってるよな?」
「うん、持ってる」
「俺のは常に受信できるようにしてあるから、変な遠慮なんかするなよ。お前になにかあったら隆也(たかや)さんに示しがつかない」
「……わかってるって」
浩誠は一つ頷くと、珂月の手からビニール袋を取って歩きだした。
珂月が小走りについて行くと、少し速度を落として歩き始める。
そんな細かい気遣いが、珂月には嬉しかった。
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