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めぐりめぐって
その思いは誰が為に
 リビングにて挨拶をすれば、母さんが呆然と見つめてきた。


 気持ちは痛いほどにわかります。(母さんからしてみれば)特に何があったわけでもないのに学校に行くだなんて、普通ありえなかったし。


 しかしそういう風に見られると居心地の悪さを感じるから止めて頂きたい。止めて頂きたくらあるが、まあ身から出た錆なので我慢する。




「今日学校行くから、ご飯お願いしてもいい?」

「……っ!? そ、そう。分かった」




 声にならない叫びを上げた母さんに苦笑いしつつ、ご飯までどう時間を潰すか考える。



 もう時間割は揃えてあるし、忘れ物もないはず。歯磨きもシャワーも浴びたし、制服も着ている。

 となるともうやることは特にないか。少し急ぎすぎたかな。掛け時計を見ると、七時を過ぎたばかりだった。




 大人しく朝食を待つしかないようだ。ため息を吐いて、リビングのソファに座る。背凭れによしかかると、まだ朝なのにドッと疲れが湧いてきた。
 手持ち無沙汰を紛らわせるために、リモコンをとりテレビをつける。



 朝となるとニュースや通販番組くらいしかやっていない。つまらない訳ではないから良いけども、凄く面白いとも思わないしなあ。
 チャンネルを変えて、興味の湧くようなニュースがやってないか探す。





 最終的には良いものが見つからなかったから、適当なニュース番組を見ることにする。


 明るくハキハキと芸能人の結婚を伝えるアナウンサーをぼんやり眺めていると、リビングの外から足音が聞こえてきた。

 兄さんかな? と思ったがどうも違うようだ。


 兄さんなら、この時間帯的に慌てて起きてきただろうし荒い足音になるはずだ。でもこの歩き方は落ち着いた感じ。寧ろ父さんと考えるのが妥当、なのだけど……




 なんとなく、本当になんとなくだけど、嫌な予感がする。
そうだ。これはつい最近聞いた足音で、スルーしとけばよかったって一回後悔した足音の気がする。




「ま、さか……?」



 冷や汗を垂らし独り言を言うのとほぼ同時に、リビングの扉が開かれる。
 現れたのはオレンジのぐるぐる仮面野郎。どう見てもトビです本当にありがとうございました。


「あら、おそかっ……え?」


 母さんも兄さんだと思っていたのか、キッチンからこちらにやってきたようだ。トビを視界に入れた瞬間に笑顔のまま固まってしまった。うん、わかるってばよ。





 流石の苗字さんもこれには苦笑い。朝っぱらからこんな忌々しい奴の顔……顔? ……ツラを見るなんて勘弁願いたいところ。兄さん辺りには大袈裟だと馬鹿にされるかもしれないが、ほならね、自分が体験してみろって話でしょ? 私はそう言いたい。




 ため息はぐっと飲み込んで、私は口元を引き締めた。


 わざわざここに来たってことは、何かの用があるからだろう。それを聞いてからでもお引き取り願えば良い。
 それに、昨日のことをきちんと謝らないといけないし。





 氷みたくなってしまった母さんを尻目に、私はできるだけ穏やかに話しかけた。



「えーっと、おはようございます。昨日はすみませんでした」

「……ああ」



 うーん。これは許してくれたととっていいのか。

 よく分からない生返事を返されると困るが、無視されなかっただけマシかな。
 そうだよ、いつもなら絶対無視されてただろうし。これはまだ、好感触だと思う……思いたいぞ。じゃないと泣きそう。


 できるだけポジティブな思考になるよう意識しつつ、そのまま粘り強く喋りかける。



「あー、その、もしかしてご飯食べに来たんですか?」

「違う」


 そこだけ答えられても困るんですけど。何を目的で来たのかくらい言ってくださいよ。
 第一、今の答えは今までになく即答だったぞ。お前どんだけ馴れ合いしたくないの。


 私としてもこの人と朝ご飯とか拒絶反応が出て絶対無理ではありますけども……それにしても、カカシ外伝からどうやったらこんなに変わるんだ。何があったんだようちはオビト。





 まあ、そんなことどうでもいい。

 今は何しに来たのか聞くべきだよね。その為に問うべく口を開いたが、奴が先に話し出したため無意味に終わった。



「貴様に聞きたいことがあってな」

「私に聞きたいこと、ですか? なんでしょう」



 思い当たる節……は昨日のせいで色々ありまくりだけど、何を聞かれるかは想像もつかなかった。

 というか、そんな簡単なことなら一息に言ってほしい。別に「違う」と分けることなかったじゃないか。



 内心悪態を吐きまくりながらも、表面には出さないでおく。
 そんなことしたらトビは不快になるに決まっているし。わざわざ機嫌を悪くさせる必要もない。




 トビはちらりと母さんを一瞥する。


 流石の母さんも既に硬直は解けていて、少し困惑気味にトビを見つめていた。
 トビはすぐに私に視線を戻して、平坦な声色のまま淡々と告げた。




「他人に聞かせられるような内容ではないのでな……来い」

「わ、分かりました」



 どうしても昨日のことが後を引いていて、無様にも声が震える。私はまだトビに恐怖していた。
 自然と焦慮してしまう自分をマズイと思っても既に無意味だろう。諦めて黙ってついていくことにした。


 狼狽を隠さず目で訴えかけてくる母さんに小さく手を立てて謝り、私は扉から出ていったトビを追いかけた。

 無言で進むトビに不信感を抱きながらも文句は言わない。言ったところで意味もない。






 リビングを出て約十歩ほど進んだ廊下で、トビは立ち止まり振り返った。
 ゆっくりとした動作だったから、慌てることなく対応できる。

 私もしゃんと立って、トビの首の辺りを見つめた。目を合わせる勇気は持ってないし、持つ気もない。



「それでその、何をお知りになりたいんでしょうか……?」



 遠慮がちに尋ねれば、いつもの無感動な声で彼は応じた。




「昨日の話だ。本当に、貴様はあれを無意識の内に行ったと言うのか」



 何を、なんて聞かなくてもわかった。


 私がトビの不信を買ったのは、トビの無言の外出に気がついたから。こいつが言うには私みたいな平和ボケした人間が気づくなんてあり得ないそうな。


 確かに、落ち着いてから考えるとおかしいと自分でも思った。
 昔から耳は良かったけど、こいつみたいな化け物級の存在すら聞き逃さないとか、逆に怖い。


 でも、本当に自分でもなんでかはわからなかった。
 首を振り、すみませんと小さく告げる。




「はい、足音が聞こえたから追いかけただけなんです。昔から聴力は良かった、ので、それで……気づけたかなと……」




 尻すぼみになってしまうのは無言で見下ろされるプレッシャーのせいだ。昨日のようなビリビリ感(殺気だろうか)が無いだけマシだけど、じっとねめつけられるのは心臓が痛む。


 写輪眼なのか、それとも通常の黒目なのかもわからない。確認できるほど肝は座っていなかった。
 視線を床に落として黙り込むと、トビはぼそりとえげつないことを嘯いた。



「嘘は言っていないようだが……まあ、怪しい真似をすれば手を下せば良い話か」

「そ、そうですね……」



 返事をすべきか迷ったが、実際私に逆らえるわけもないので肯定しておく。力の差でも頭の差でも劣っているのだし、怪しい真似をしようがないのだ。

 胸中でヒェッなんて変な悲鳴をあげたのは黙っておこう。


 沈黙は長く続くかと思えたが、トビは間を置かずに新たな問いを投げかけた。




「次の質問をする。貴様はこれから何をするつもりだ」



 ……ううむ。最初は普通の質問をして、次に答えづらい質問するなんてイイ性格してますね。



 何だかよく分からないけど、トビは結構私のことを怪しいと思っているようだ。


 あ、でも冷静になって考えたら私の行動ってトビからすると怪しいのか。昨日までずっと部屋にいたのに、昨日あんなことがあっていきなり部屋を出るようになったんだし。







 …………もしかして私、綱渡りな行動ばかり取ってる?

 いや、もうホント……やってから気づくとは救いようがなくて笑えてくる。冷や汗がダラダラと止まらないし、引き攣った笑いさえ浮かんでくる。トビの絶対零度の視線が強まった気がした。



 でも答えるのは嫌だ。なんで私の行動を逐一報告せにゃならんのです。ストーカーじゃあるまいし、知る必要もないだろうに。

 勿論そんなことは言わずに、私は正直に話した。
 えっと、と最初にどもってしまうのはご愛嬌だ。




「中学校っていって、13から15までの子供が通う教育施設に行くんです。
 今まではズル休みしてたんですが、やっぱり行かなくちゃいけないと思って。……テストもあるし、そろそろ頑張らなくちゃなって」



 テストというのは嘘ではない。明後日から定期テストの日だし。テストだけでも受けるように先生方から言われているし、前々から一応行くつもりではあった。

 まともに勉強していないから惨死するでしょうけども。


 一桁台にならないことを祈りつつ、トビの様子を伺っていれば、漸くただ一言「そうか」と呟いた。

 できるだけ怪しまれないようにハキハキと喋ったから切り抜けられるはずだ、と思いたい。これで駄目だったらどうしようもない。もう私は、疑われないことを必死に祈るしかなかった。

 しばらく、というほどでもない短時間で彼は口を開いた(お面をつけているのにこういう表現もあれだけど)。



「時間を取らせて悪かったな。もう聞くことはない」

「は、はい……失礼します」



 意外と手早くすんだこと、威圧されなかったことに安堵する。突っ立ったままでいるのもあれなので、慌てて会釈してからリビングへと走って戻る。

 室内に戻って、心配した風に声をかけてくれる母さんに大丈夫と微笑み、私はソファに体を沈めた。
 顔を曇らせた母さんは、心配の中に若干の好奇心を覗かせて近寄ってきた。




「何を話してたの?」

「んー……ごめん、あの人も聞かれたくなかったみたいだし言えない」

「あのねアンタ、あんな何をするか分からない人との約束守らなくても……」

「母さんの言いたいことは分かるよ。でも約束破りは駄目だし、危険なことじゃなかったから言わないでおくよ」




 母さんは嘆息してから「ならいいわよ、もう」と呆れ気味にキッチンへと行ってしまった。少し申し訳なくはあるが、約束を破るのはできるだけ避けたい。



 テレビの音量を下げて、背もたれに頭を乗せて目を閉じた。

 トビがいないだけでここまで落ち着くとは、奴の存在感も凄まじいものだ。



 ホント、私ってやつは単純だ。
 トビに当たり前の礼儀の一つ、謝罪をされただけで喜んでるんだから。

 でも分かってほしい。殺そうとしてきたやつとまともに会話できるのはなんて言うかこう、嬉しいものだ。
 ほら、非常識な奴に常識的な対応をされた安心感みたいな。


 勿論、アイツが私の首を切ったこととか、脅かしてきたことを許したわけではない。

 ぶっちゃけた話トラウマになっているし、自分で首に触ることさえ怖くて仕方なくなってしまった。他人に触れられた暁には絶叫すること請け合いだ。



 それでも奴のお陰で学校に行こうって決意できたし、その点では感謝はしている。

 嫌いなのは変わらず、感謝している。これほど変な感情を何と呼べば良いのかよ私には分からなかった。
 奴からしたら、感謝される覚えはないだろうでしょうけど。





 複雑な気持ちだけど、アイツがこの世界から帰るまでに一度くらい礼を言いたい。言わないと私がスッキリしないし。


 何とかタイミングを見計らって会話できると良いんだけど。









 押し潰さんばかりに巨大な登校への不安を必死に誤魔化していた私は、まだ知らなかった。



 私が下校したときには、もうトビはこの世界から消えていたことを。







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もちろんまだまだ完結ではないです



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