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めぐりめぐって
平和主義者達の沈黙
 階段を上り、自分の部屋の前に立って深呼吸する。
 ここからが正念場だ。大丈夫、まだやり直しは利くんだから諦めるんじゃない。というか失敗したって死ぬわけじゃないだろう。トビだってそこまで雑な奴じゃない筈。



 息を吐いた後、二度ノックしてドアを開けた。

 トビは既に起きていた。眠った時と同じ姿勢のままではあったが、僅かに顔を上げたのだ。
 ノックはしたものの起きているとは思っていなかったので、無意識に呼吸が止まる。



「あ……あの、すいません。ある程度説明をしたので来てくれますか?」

「……ああ」



 驚いて一瞬どもってしまうが、すぐに気を取り直して伝える。
 彼も文句などは言わずに小さく返答すると共に立ち上がった。

 熱は引いたか、帰る手立ては見つかったか。聞きたいことは山ほど有ったけれど、やっぱり怖くって聞けなかった。


 無言で私たちは階段を下りる。


 ……ああ、改めて言おう。本当に最悪だ。トリップなんぞ下らないものが実現するなんて。

 しかもよりによってトビだとは。せめて性格の良いナルトやテンテンみたいな、木ノ葉の里の連中が良かった。
 なんだって暁の裏ボスなんだよ? しかも殺されかけるし踏んだり蹴ったりじゃないか。



 心の中で愚痴を言っていれば、ついにリビングに到着した。

 ……万が一ってものがある。念には念を、だ。



「トビさん、少し待っててください。すぐ終わらせますから」



 反論や文句を言われたら堪ったものではないので、彼が喋るより前に素早くリビングの中に入り込んだ。当然扉は閉めておく。


 私に集まる二つの視線。それに負けるものかと強めの視線を返しながら、私は近寄って小声で話し出した。



「いい? 今から入れるから。間違ってもコスプレだーとかなんて言わないでよ」

「分かった、だから早くしろって」

「待ちなさい、あんたその首の説明を……!」



 今度は母さんの声をスルーして、再びドアを開ける。

 これまた小声で「入ってください」と告げると、無言で入ってくるトビ。


 目を見開き阿呆面になる兄さんと母さんに、私はフォローを入れた。



「さっきも言った通り、家の前で倒れてたトビさん。信じ難いけど、別世界から来た忍者なんだって」



 返事はない。だから今、ここで畳み込んで信じさせるべきだ。
 後ろを振り返り、予め決めておいた通りにトビに頼む。母さん達には聞こえないよう、小声で。



「あの、トビさん、まだ二人とも信じられないらしいんで忍術見せてくれませんか?」

「……見世物では無いのだがな」

「す、すみません。ですけどお願いします。このままじゃ信じてもらえないので」

「俺は別に、信じられずともやり用はあるが」



 そらそうだ。あんたからしたら幻術をかけて操る方が楽だろう。私の時のような一時的なものではなく半永続的に信じ込ませるものだって、幻術にはあるのかもしれないし。


 だが、私は幻術なんぞ怪しげなものを家族にかけたくはない。対象にどんな負担がかかるのかもわからないのに、はいそうですかなんて言えるかってんだ。



「すみません、幻術とかは勘弁してほしいなあって……本当にお願いします」



 深々と頭を下げると、母さん達がギョッと見つめてきたのがわかる。会話の聞こえない母さん達には話が見えないのだし、仕方がない。



 トビも私が嫌がるとはわかっていたのだろう。必死に頭を下げたままでいると「分かったから顔を上げろ」面倒臭げに了承してくれた。
 私が鬱陶しかったんだろう。大丈夫、自覚しているから。



「……室内だと、大したものは見せられんぞ」

「あ、大丈夫です……多分、こっちの世界では何でも珍しいですから」



 火遁なんてもう魔法だしね。まあ火遁に限った話じゃないけどさ。

 ちらりと兄さんと母さんを見てみれば、何か言いたそうにしている。しかしここで水の泡にされても困るから、人差し指を唇に当てるジェスチャーを返した。

 トビは思案する素振りを見せた。何を見せてくれるのか多少のワクワクはあるが、そんな場合ではないので心中で留めておく。



 しばらくすると、トビは母さん達にも聞こえる声量で指示を出した。



「……それでは、俺に触れてみろ」

「へ? は、はい……」



 彼の意図の分からない指示に困惑してしまったが、何とか返事をして恐る恐る触れてみる。

 しかし私の指はマントに触れることなく、トビの体をすり抜けた。



「うぇぇっ!? な、何これ! トビさんこれすごいですね!?」



 嘘だろ嘘だろ何だこれ! 何かを貫いた感覚すらなく体を通り抜けたぞ!



「分かったからそう騒ぐな」



 興奮する私と冷静なトビ。
 トビは疎ましげに落ち着け、と私を窘めた。いやでも超常現象が起こったのに冷静になんてなっていられない。

 それでも落ち着かないと話が進まないから無理矢理頭を冷やす。


 母さんたちの方に向き直り、信じてくれるかどうか尋ねた。



「え、ええ……?」

「や、母さん驚くのはわかるけど、とりあえず信じてくれたんだよね?」

「いや、うん……正直信じてはないけど信じないと話進まないし、続けて……」



 呆然と、眼の前で起こったことを受け入れられない様子で返す。思った事をそのまま口にしている辺り、心底驚いているらしい。


うん、当然だよね。トビがすり抜け技を持ってるって知ってた筈な私でも、忘れてビックリしちゃったんだし。

 冷静になると、今のトビのあれって神威だよね。彼の十八番でありとんでもないチートと評判の。


 兄さんはと言うと、少し胡乱げにトビを見つめている。よく真正面からそんなことができるな、と呆れと尊敬が混ざった感情を抱く。



「手品、じゃないよな。こんな至近距離で見ててタネが分からん訳無いだろうし、しかもナル……」



 そこまで言って、兄さんは私が思いっきり睨んでいることで、自分が口走りかけたことに気がついたらしい。慌てて口を噤んだ。


 大方「NARUTOに出てくるトビそのもの」だか「NARUTOのコスプレにしか思えない」だか言うつもりだったのだろうが、そんなこと言わせるか。これ以上トビに疑われるような素振りはしたくない。



 訝しげに一瞥したトビを気にした様子もなく(どうせ内心ビビっているのだろうが)、兄さんはしみじみと呟いた。



「……とにかく、マジっぽいな」

「さっきからコイツがそう言っているだろう」



 兄さんの独り言を聞き逃すことなく、トビは視線を遠くにしたまま言を返す。

 コイツ呼ばわりされたのは心外だが、食って掛かるのは向こう見ずすぎるだろうし黙しておく。私はそこまで命を無駄にしたがる人間ではない。


 トビの腕を組んで目を合わせないその様は余裕を見せつけるようで、格の差やらその他諸々を感じさせる。
 うーん、年の功……いや人生経験の差? 私には戦争も死にかけたりも経験したことはないし。



 少しの間を挟み、トビは先程までの気怠さを見せずに口を開いた。



「今のは俺の能力の1つだ。他に説明できることはない」



 流石は忍者。そう簡単に情報は明かしてくれないものだ。というよりこれは、信用とか信頼とかの問題なのだろう。
 私達同様に、彼も私達を信用していない。いざとなれば幻術でも何でも使って従わせられるのだろうし、まだ温情あると言えるだろうが。


 母さんも兄さんも納得はしてなさそうだったが、トビの手前黙ってしまった。
 しかしそれと共にトビも沈黙し始めてしまったので、次は私が話さなければならない番らしい。

 表面上は冷静そうに見えるよう穏やかな声色で、母さんに大本命の頼みを告げた。




「でさ、母さん。トビさん異世界から来たらしいけど、帰る手段が不明なんだって。だから、見つかるまで家を拠点にしてもらいたいんだけど……」




 あ、母さんが信じられないものを見る目で私を見てる。
 激しく同意したいところではあるが、そうもいかないのが世の情けというやつだ。何か違う気がするがとにかくそうったらそうなのだ。
 でもしょうがないじゃん? この人ほっといたら問題起こしそうじゃん?
 こんな危険物、世の中にほっぽり出すほど私は気丈じゃありません。手元に置いた方がまだ安心できるし、今にも倒れそうな奴を野宿させられるほどできていない。


 お願い、と不本意ながらも頭を下げる。



「ちょっと、そんなこと言ったって異世界なんてあり得ないでしょ……」

「でも、なら今のすり抜けはどうなるの。この世界の人がそんなことできるわけないし」

「そんなの! ……手品か何かでしょう。じゃなくちゃおかしいじゃない!」



 ……まあ、おおよそ予想通りだが。
 母さんは頑としてトビのことを認めてくれなかった。
 何となくわかってはいた。母さんは私とは違ってアニメとかも見ないし、そんな非現実的なことを簡単に受け入れてくれるとは思っていない。まだ兄さんの方が若いし、NARUTOを読んでいた分──半信半疑といった様子だが──信じてくれていた。


 この調子では、母さんが警察に連絡してしまうだろうことは明らかだ。
 どうにかしないと、と思案する。すると、視界の端で何かが動いた気がして顔を上げた。




「……埒があかんな」
「えっ、あの、トビさん?」



 ちょうど母さんとトビの間に立っていた私を押し退けて、トビは母さんの方向に一歩踏み込んだ。
 驚いて後ずさろうとする母さんだったが、一度体を跳ねさせたかと思うと硬直した。目を見開いてぼんやりと宙を見上げている。


 まさか、と血が一気に引いていく。
 兄さんも何かを察したようで、険しい顔でトビを見つめる。だからこそ、兄さんに何かを言われる前に私が尋ねた。



「トビさん、幻術かけたんですか!?」

「そうでもしなければ話が進まんだろう。
 言っておくが、俺は譲歩していたつもりだ。これ以上駄々を捏ねるなら俺のやり方で全て進めるぞ」




 …………確かに、こいつは一応私の頼みを許可してくれていた。ここを拠点とするよう提案したのも私だし、幾らメリットがあるとはいえ受け入れてくれたのはこいつだ。


 上手く話を運べなかった私に責任がある。こいつに怒るのは筋違いだ。だから、今にも勝手に殴りかかりそうな拳を緩めよう。




極めて冷静に、私は問いかけた。




「脳とかに負担はないですよね?」

「……そういったものはない。
 貴様の母親にかけた幻術は幻術の中でも下位に属するものだが、耐性のある者でなければかかったことすら気付かんだろう。
 内容自体が『トビという人間がいることに違和感を感じない』という単純なものだからな」




 私が平静を保てたことが少々意外だったのか、少し黙った後に説明してくれた。



 こいつの話から考えるに、暗示の類のものか。別天神レベルのものまでいけば洗脳だが、流石にそこまでのものではないらしいし安心した。

 私にかけたものとは効果が違うようだし、特に危害が無いならいい。腹は立つが。


 兄さんも納得はいかないようだが溜飲を下げたらしく、心配そうに母さんを見つめた。ぼんやりとしていた母さんだったが、次第にパチパチと目を瞬かせて生気を取り戻した。



「そうね。帰るまでなら……ええ、私は良いわよ」

「あ、ありがとう、母さん」



 流石は幻術、流石は忍者。あの頑なな母さんですら黙らせるとは凄まじい威力である。やはり心底腹が立つが。

 兄さんと顔を見合わせて、手荒ではないが平和的とは言い難い終結に笑い合うことさえできなかった。


 だが、一先ず蹴りがついたことには変わりない。 安心の吐息が漏れて、どっと押し寄せてきた疲労感に倒れそうになった。

 もちろん、トビのいる手前きちんと起きていた。まだやることは残っているし、早々気を抜くことはできなかったのだ。







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あきゅろす。
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