めぐりめぐって
孤軍奮闘恐るる勿れ
あーでもない、こーでもないと頭を悩ませていると、時間はすぐに過ぎ去った。まさしく光陰矢の如し。
まあ私の頭が悪いからだろうけど。無駄なことに時間を取りすぎちゃったんだろうな、多分。
聞き慣れたエンジン音が耳を揺らした。
この音は母さんの車の……ってことは、もう帰ってきたんだ。
「ま、まずい……! まだ考えまとまってないのに!」
思わず独り言を叫んでしまう。
すぐにトビが寝ていることを思い出して口を抑えた。まあ、二階だしそんなに聞こえないだろうから、大丈夫か。
掛け時計を確認してみれば、トビが寝てから一時間半近く経っていた。
私ったらどんだけノロマなんだ。現実逃避する暇あったら、少しでも脳を働かせろってんだ役立たず。
自分の馬鹿さに歯噛みしてると、何やら車のドアが閉められる音が二度した……二度?
母さんだけじゃない、兄さんも一緒に帰ってきたのだろう。
これは好都合なのか、逆に悪いことなのか。
どちらにしても私の説明が、私たちの命運を決めるわけだ。
まあそこまで重大なことではないのかもだけど、そう思っておいた方が腹を決められるってもんよ。
でもせめてシャワーには入っておきたかった。汗でべたべただから正直落ち着かない。
まあ、トビがいるのにそんな無用心なことしない方がいいよな。部屋荒らされたら嫌だし。
金属と金属が打ち付けられるような物音が響いた後、扉が開けられるような音が聞こえた。
母さんと兄さんの楽しげな話し声がここまで届く。
あまり大声で喋らないでほしい。奴は起きないと思うけど、こちらが不安になるし。
足音がだんだんと近づいてきて、ついにリビングに入ってきた。
二人は私がいることに気がついたようで、少し意外そうな顔をして気まずそうに黙った。自業自得とはいえこちらも苦しくなる。
「おかえり、兄さん、母さん。ちょっと話したいことあるし座ってよ」
「……俺も?」
「うん、ほら早く。今すぐじゃないと駄目なんだよ」
二人は不可解そうに顔を見合わせたけど、それでも私の言う通り座ってくれた。
こたつテーブルに三人で向かい合う。ヤバい、緊張で死んじゃいそう。
バクバクうるさい心臓を無視して、私は真剣な顔で口を開けた。
「実はね、今日散歩したんだけど……」
「なんだ、学校に行くって話じゃないのね」
母さんが、それはとても残念そうに言葉を漏らした。
わざとらしさを隠そうともしてない、寧ろ見せつけるような素晴らしい話し方。私が悪いとはいえ腹は立つ。
いつもならここでブチ切れて会話を打ち切っていただろうが何とか堪えきる。今はそんなことしてる場合じゃない。
「いいから聞いて。それでね、家についたら男の人が倒れてたんだ」
「は? マジ?」
「あのさ、嘘でこんなこといわないから」
兄さんの疑わしげな声に短く返す。
話したいと頼んでおいてこの始末。我ながらどうかと思う対応だ。
口を閉ざしてしまった兄さんを尻目に、母さんが有り顔で尋ねてきた。
「でもそれじゃあどうしたのよ? 救急車呼んで付き添いに行ったの?」
少し焦ってる感じの声に、私は軽い微笑みを返した。そうではないと首を振る。
ここからが本題なんだから頑張らなくちゃ。できるだけ真剣に見えるように真顔になる。
「落ち着いて聞いてね。その男の人……」
…………いやホントどう説明するのこれ?
母さんと兄さんの目が怪訝そうに細まった。
駄目だ駄目だ。今はどうやって言うか早く決めないとなのに。
でもさ、こんな状況を上手く処理するとか無理じゃない!? こんな状況──言わば夢小説にありがちな状況ってご都合主義で進むじゃん!
大概の逆トリ夢小説に出てくる親の頭はパープリンだし二つ返事で「じゃあここに泊まってもらえば☆」って言ってくれるじゃん? 現実の親がそこまで頭緩いわけないんだよなあ。
いや、頭が弱いのは私も同じか……
ええいままよ、もういっそいきなり言ってしまえ。どうせトビが本物だって言わなくちゃただのコスプレ野郎と思われるだけ。そんな奴の滞在を許してくれるわけがない。
「その男の人、この世界の人間じゃないんだよ」
私を見る目四つが一瞬で冷たくなった。
……我ながら何だこの言い方は。こんなの信じてもらえるわけないだろ馬鹿か。
「じゃあ幽霊ですってか?」
「いや、その……異世界の人、っぽい」
「あのね、冗談ならもう少し笑えるものにして」
予想通りの反応に嘆息する。それは二人に向けたものじゃなくて、私自身に対してのもの。
もっと頭の良い人なら言い様があったのかもしれないな、と無念に思う。
「本当なんだって。こんなこと冗談でいわないよ」
「はいはい分かったから」
手をヒラヒラさせて茶化すように溜め息をつく兄さん。
まずい、どう信じさせりゃいいんだ。証拠を見せようにもトビの顔を見せることはできない。トビが見せてくれる気がしない。
本格的に焦りだす。このままじゃバッドエンド直行だ。もっと夢小説読んでおけば良い手があったのかもしれない……いやそれはないな。
心臓が身体をぶち抜いて飛び出そうなくらいに激しかった。それが焦りを助長する。
これ以上は二人を引き止められないし、トビも起きるかもしれない。
私は黙って(というより、何かを言えるほどの余裕はなかった)策を考える。
頭を掻いて天仰げば、突然母さんが悲鳴じみた声を上げた。
「名前、その首どうしたの!?」
「へ?」
手を顎下にもっていくと、ざらついたようなベタついたような感触が手に拡がった。
そして鋭く走る痛み。
昔、料理をしていたときに包丁で指を切ったことがあるんだけど、まさにそれと同じ。
どうやら、切り傷があるらしい。今はもう止まっているから慌てはしなかったけども。
結構な痛みだったので、一瞬にして焦慮は吹き飛んだ。
変わりに出来上がったのは困惑のみ。いつ、私はこんなものを作ったんだっけ……?
あの兄さんでさえも食い入るように私を見つめ出したから、結構目立つんだろう。
何でこんなものが、と頭を悩ませる。暫くすると合点がいった。
「ああこれさっき切られたやつだわ」
自分でもどうかと思うくらいケロリと答えれば、母さんはヒステリック気味に再び問いを投げた。
「は!? 切られたって誰に……!」
「だからその異世界の人に。ってこれじゃ私頭可笑しい人みたいじゃん……」
上手く説明が出来なくって頭を抱える。
私の反論ってどう聞いても酔っぱらいとか、キチガイのそれだよね。
ああ、もうヤケだ。こうなったら一か八に賭ける。
「その人、NARUTOのトビってキャラなの! いやほんとマジな話で冗談じゃないから。こんな将来黒歴史になりそうなこと言わないし、切られたんだから嘘とか言える余裕ないし!」
ツッコミを入れられないくらいの勢いでにまくし立てると、兄さんはポカンと阿呆面を晒した。母さんはぎゃあぎゃあと傷の詮索を続けている。
「……マジで言ってるぽいけど、病院連れてこうか?」
兄さんの本気で心配しているらしい問い。
「マジだし、病院もいい。今から連れてくるよ。コスプレにしか思えないとは思うけど、私クナイっぽいもので首やられたから。今は信じなくていいから変なこと言って刺激はしないで」
「ただの自分をトビと思い込んでるキチガイにしか聞こえないけどな、そいつ……わかったよ……」
疲れた様子でとりあえずは頷いてくれた兄さんにホッとする。
全く信じてくれた様子はないが、まだ話を聞いてくれただけマシだろう。哀れむような目で私を見るのは気に食わないが。
当然、まだ理解も納得もしていない母さんは目を見開く。
「あんたに怪我させたやつが今いるの!?」
「さっき上にいるって言ったじゃん」
「もうこれ意味わかんねーな」
今回ばかりは兄さんと同意だ。私にも訳が分からない。
「凄く体調不良だったみたいだから私の部屋で休ませてる。今呼んでくるわ」
「誰もいなかったらマジで殴るぞ」
「いなかったら良かったけどな。こんなつまらん嘘はつかんっての」
売り言葉に買い言葉を返す。まだこうして相手をしてくれるだけ精神が安らぐ。トビとはマトモな会話もできないしなあ。
ぽかんと口を大きく開けた母さんをスルーして、リビングを出た。
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かなり無理矢理になった感が否めないですね……
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