学園天国!
治せぇぇ!
油断した……!
まさか、
あいつに、あんなやつに!
唇を奪われるなんて!
─────…
「おいヤブ医者、薬出せよ」
「………。こりゃまた、随分と物騒な物言いをする乙女が来たなぁ」
おじさんはもうちっと優しい女の子の方が好みなんだけど、ちとせちゃんみたいなのも大歓迎だよ〜。ささ、おじさんの胸に飛び込んでおいで!
「……」
身の毛もよだつセリフで私の顔を真っ青にしてくれているのは、トライデントモスキート、Dr.シャマルだ。
「このナース服着てバイトでも……」
「殺すぞ」
「Sな女の子も好きだぜ、おじさんは」
「…………」
この、ヤブ医者が。
相棒がヤブ蚊だもんなぁ、お似合いだよ。
気持ちが悪い。
今だって現にエロチックな雑誌を隠す風もなく広げているし、壁に掛けられたカレンダーには女の子の名前がズラリ。
その空気にこちらまで汚されてしまいそうな気分になるのは多分、気のせいじゃない。
しかし私が、この貞操の危機をおかしてまでここに来たのには、理由がある。
誰が好き好んでこんな魔の巣窟などに来るものか。
「…薬、出せ」
「んー?恋に落ちちゃう魔法の薬とかか?」
ガサゴソとバックの中を漁る彼。そんなわけあるか。
むしろその逆。
恋に落ちるのを防ぐ薬だ。
「お前、世界一の闇医者なんだろ?そーゆー薬くらいパパッと出せよ」
「無茶ぶりが上手だなちとせちゃん」
「…急いでんだよ、私は」
はやく、しないと。
ついさっきまでの出来事が、頭を過る。
……唇に残る感触。
私はひどく焦っていた。
彼と、…奴とライバル以外の関係になることに。
…考えられやしない。
ましてや友達みたいに安全で平和な関係が、雲雀恭弥を通してできるものか。
今の敵対した気持ちが、私にとっては一番居心地のいい位置だから。
私は、焦っている。
彼と恋に落ちてしまうことに。
「ん〜とな、その六道って奴は、クスリについて何か言ってなかったか?」
薬の情報が分かんねぇと、オレも手の施しようがねぇよ。
Dr.シャマルはまた雑誌をパラパラとつまらなそうに捲りながら、時間を確認する。…女の子と待ち合わせってか?
私は六道先生の言葉を、忠実に思い出してみた。
『世紀の大発見…人類の夢が…恐怖を与えることで…吊橋効果…僕は天才です』
…吊橋効果?
「なんか、吊橋がどうとかって言ってたけど……」
それって何か関係あるか?
自信なさげに答える。
恐怖を感じているときに異性に出会うと、恐怖からのドキドキを恋のドキドキと勘違いしてしまうっていうアレだ。
それを六道先生は意図的に起こさせる薬を開発したらしいんだけど……
「……吊橋?」
彼が片眉を上げる。
マンガで言うならここで彼の目の辺りにキラーンって感じの星が出ているところ。
「そりゃ、吊橋効果か」
なるほど、オレもよくその手にはお世話になってる。
ふむふむ、と何やら考え込むように手を組んだかと思えば、彼は胸ポケットから赤いカプセルを取り出した。
「よし、これやるよ」
「…なんだこれ?」
「精神安定剤」
「精神安定剤!?」
「そうだ」
そのお前らの飲んだ薬が吊橋効果を利用したものなら、恐怖を解消しちゃえばいいってことよ。
作用時間は短いが、一応は効くはずだぜ。
彼は白衣を着たままで何やら外出の準備までし始めた。
ヘヘン、どーよ?
オレも頼りになる医者だろ?な、だから今度デート……
「じゃあな」
「え、ちょ、ま、ちとせちゃーん!?」
薬を二人分頂いて、保健室からずらかった。
─────…
んだが。
なんだ、このドキドキは?
雲雀が運ばれた、病室の扉の前。
赤いカプセルを握りしめながら、私は立ち尽くしていた。
なんだろう、この嫌に早い鼓動は。
なぜ、奴に会うごときでこんなに緊張しているんだろう。
「…やんなっちゃうなぁ、もう…」
もう、知らない。
まだ寝てるはずなんだから、さっさと置いて帰ろう。
引き戸に手を掛けた。
─ガラッ
「……」
まだ、奴は寝ているようで。ほっとした自分が少し憎い。薬ごとき、感情ごときに振り回されるなんて。
彼に近づくと、規則的な深い呼吸を繰り返しているのが分かる。点滴までしているようだから、もしかしたらインフルエンザか?
ほんのりと汗ばんだ額に張りついた髪の毛を指先で払ってやって、手を乗せる。
まだ熱いな…。
しかし応接室にいたときより幾分楽そうだ。
彼一人のために用意された広い広い個室。
テレビは地デジなハイビジョンで、冷蔵庫も洗濯機も完全完備。
ほんとうに…どこまで凄いんだろうな、コイツは。
彼の隣に備えられた小さいテーブルの上に、赤いカプセルと走り書きメモを残しておく。
『六道先生の薬を無効に出来るかもしれない』
急ぎからか焦りからか、少々書体は乱れたものの、読める範囲だろう。
いやな場所には近づかないが勝ちなのだ。
しかしカタン、とペンを机に置いたと同時に、隣で動きがあった。
「……お、ッ」
お前、起きて…?
言う前に、手首を掴まれて引っ張られた。
いわば彼の寝ている布団に引きずり込まれたような。
「……ッぅ」
全身が火照るほど熱い。
それは彼の体温なのか私の体温なのか。
胸板に額を押しつけられるようにして、抱き抱えられた。当然、布団の中なので真っ暗だ。
「……ちとせ、」
彼のくぐもった声が私を呼ぶ。
ちょっぴり鼻声。
「なに、してんだお前…」
人を風邪っぴきの布団に引きずり込むなんて。
うつして自分だけ元気になろうなんて魂胆じゃないだろうな。
すると雲雀は何故かクスクスと笑って、
「僕がちとせを身代わりに?あり得ないよ」
「フン、そうか」
「……ねぇ、今言った意味分かってる?」
「意味って、なにが」
「……もういいよ、」
バサッと布団が捲られたと思ったら、途端に明るくなる視界。寒いくらいだ。眩しい。
なんだよ、意味って。
気になりながらものそのそと這い出して、赤いカプセルを彼に突き付ける。
「これ、惚れ薬を無かったことにできるかもしれないって」
「……なに?」
「精神安定剤」
「……」
あからさまに怪しげに薬を見つめる雲雀。
そりゃ、そうだ。私だって初めは不安だったんだから。
「それ、ちとせも飲んだの」
「いや、私はまだ…」
「じゃあ飲まないで」
「な、なんで……」
なんでだ。
せっかく、この変な薬から解放される手立てを見つけたのに?
雲雀は少し押し黙って、私を睨んだ。
「それより、山本武に飲ませるべきでしょ?」
「そ、そうか……!」
「ちとせの分は山本武に、僕の分は僕が飲む」
「でもそれじゃ私が…」
「君、バカなの?」
あの薬は対で飲んだ薬。
僕が効かなくなれば当然、片割れがいなくなるんだからちとせの効果もなくなるでしょ。
はぁ、と偉そうにため息をつくか、確かに。
彼の言うことは正しい。
…むかつくけど。
善は急げと言うではないか(これが善なのかは分からないけど)。
「わ、私っ、山本武にこれ渡してくる!」
大慌てで、飛び出した。
(それは、突然に雲雀とのキスを思い出してしまったせいもあって、だから早く逃れたいと思ったせいもあった。)
ずっと何かに追われているような、緊迫感。
私はどうして、ここまで焦っているのだろう。
─────…
僕はちとせの出ていった病室の扉を見つめる。
「ちとせを、身代わりにするだって…?」
そんなこと、考えたこともなかったさ。
言い様のない焦燥感を覚えて、僕は爪を噛んだ。
台の上に置かれた、赤いカプセルが目に入る。
「……っ、」
どうして、僕は……。
どうして僕はあのとき、
惚れ薬の効果を無効にしたくない…だなんて、思ってしまったんだろうか。
赤いカプセルは、必要ない資料たちと一緒に捨てた。
夢の中で、
君に口付ける甘い夢を見た。
──────────……
やべっ、ちとせちゃんに渡した薬…
『興奮剤』だった。
continue…
ええええっ!
精神安定剤と興奮剤て!
おまっ、興奮剤ってつまり媚薬じゃねぇかオイ!
シャマルてめーなにしてんだコラァァッ!!
テスト壊滅(^∀^*)
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