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帰郷 -3

「似ておいででしょう」
 大丞は紅い姿から老爺に視線を転じる。猗左衛門はにやりと笑っていた。
「あの方はどちらかと言えば御台様に似ておいでたが、笑った顔、特に目元が先代にそっくりだ。雰囲気が違うので普段は気付かないのですがね。今のように笑ったお顔も久しく見ておりませなんだが、……あぁ、矢張似ておられる」
 それには舌打ちで応じた。大丞自身、六代目の愛想笑いに五代目の影を見ていたのだ。
 あの人の面影を持つ赤毛の女。あの人の傍らにいた臣達。自分達と同じように背中に刻まれた痣紋。
「……あの方はもう、居ないのだな…………」
「五代目は己が娘の中に生きておりますよ」
 そんな戯言など聞きたくはないのだ。



◇◆◇◆



「……肝を冷やしました」
 清綱の苦情に桂丸は大袈裟な、と笑う。
 列の最後尾では洋治郎が胃を押さえているかもしれない。
「初回からあまり無茶な事をせんで下さい。上の方々の耳に入ったら何を言われるやら分かりませんよ」
 瀞丸が帰郷した後だったのは救いだった。五代目息女の桂丸襲名に最後まで難色を示していたらしいから、心象を悪くはしたくない。
「ちょっと挨拶をしただけじゃないか」
 桂丸は憮然としている。化物道まであと四半時程か。
「尉濂よりも私を選んでくれた。だから礼を言った。それだけだろう」
「姫様、さっきのは…」
「桂丸だ」
 清綱は周囲を振り返った。前列とも後列とも丁度良いくらいに間が開いている。主君を警護する上ではあってはならない隙間だったがもしもの時は己れが盾になれば良いだけのこと。今は逆に好都合だ。
「……若様の事を……その……」
 言いよどむ清綱に聞こえたのかと桂丸は感心する。細かいところは洋治郎に聞いたのだと答えて、清綱は訊いた。
「……父君を恨んでおられますか? これまで跡目を継ぐよう強いておきながら、と」
「それは仕方がない。何としても男が欲しいからと妾を娶って産ませる事は出来なかったんだろう?下手をすれば麻久羅の二の舞い、母の心も離れてしまう。子の私から見ても睦まじい二人だったからな。母を失うくらいなら篁夜連に女当主を認めさせたほうが易い……よくやる」
 清綱は顔を歪めた。
「――尉濂が生まれた日の事は良く覚えている。父は私にすまなかったと言った。これまですまなかったと。たったそれだけで私はお役御免だ。――私の方こそ父の後を継ぐ事を希んでいたのに。それを横からかっ拐った赤子を憎むな妬むなと言う方が無理だ。十度や二十度殺しかけたとしても致し方ないだろう?」
 清綱はぎょろりと目を見開いて主の腕を掴む。
「…………殺しかけた?」
 桂丸は口に人差し指をあて口外しないよう言い含めた。跡取り問題のある家では良くある事なのだろうがさすがに外聞が悪過ぎる。
「打ち明けたのはお前が二人目だ」
「……もう一人は?」
 前方に口を開けた化物道の入口が見えてくる。先に行かせた部下らによって開けられた化物道からゆらゆらと靄が漂い出ていた。
「溯だ。尉濂に持たせた奴宛ての文に書いた」
 絶叫しなかったのは奇跡だった。自分達の前方には与記や若手組、後ろには信恭、猗左衛門、洋治郎らが続いている。彼らの注目を集めるのはまずい。
 しかし「総領を殺しかけた」などと云う醜聞が郷の外に出たと云うのは更にまずい。
 同族の他の郷に知られたのでは無いのを良しとするか、あの琅天の耳に入る畏れがあるのを悪しとするかだ。
「榊原? どうした、凄い汗だが…」
 化物道に入る段になって、そう与記に訊かれた。山の中は寒いくらいなのに頬を伝う程汗をかいていれば不審に思うのも当然だ。
 苦しい言い訳を並べどうにかその場を切り抜ける。この事は墓場まで持って行かねばなるまいと腹をくくった。

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