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参集の燭 -5
 しかし洋治郎は別の意味で片眉を跳ね上げた。
「……証も確か、とは? どういう事です」
 訊くと、桂丸はびくりと肩を震わせ、「しまった…」という顔をこちらに向ける。
「……先刻の笹峯殿との事と、何か関係が……――――あるんですね? 証、とは痣紋の事でしょう…? そんなもの……」
 言っているうちにはたと気付いた。
「まさか見せろと言われたんですか? それで笹峯殿に見せたんでしょう?」
 いくら六代目の変容が不良でも、普通ならそんな無礼な事はしない。
 抗議でもしてやろうかと考えていると、桂丸がそれを止めた。
「良いんだ。懐疑の目を向けられ続けるくらいならはっきりさせておいたほうがこちらの気も晴れる。妙な考えを起こすなよ」
 洋治郎は溜め息と共に撫然とした気持を追い出した。
 菓子鉢から干菓子をつまんで口に放り込む。嚥下してから若い主に釘を刺した。
「今後はそのような軽挙は慎まれませ。よろしいか桂丸。あなたは『桂丸』である前に女子なのです。嫁入り前の娘が、女同士とは言えそう軽々と肌を見せるものではありません」
「嫁になど行かない」
 ぎろりと睨まれたが洋治郎は怯まない。
「婿取り前の娘がしても同じ事。特にここには様々な者が居りますな。身分や家格は変わらずとも、あなたより序列が上の方もいる。女と席を共にするなど、と云う考えの方も居られるかもしれませぬ」
 綻んでいた桂丸の表情がみるみる硬くなる。洋治郎は口を止めない。
「それに…………この様な事は言いたくないのですが、女とみれば組み敷かずにはおれぬという方もいらっしゃいますしね。ま、それは大袈裟ですが」
 家臣の表情に桂丸は既視感を覚えた。少し考えて思い出す。
 背中を見せると言った時の瀞丸の顔。
 はしたない!と言った時の侮蔑の色。口をひん曲げている洋治郎と同じだった。
「………それは、誰の事を言っている?」
 訊きはしたものの、何となく分かっていた。今頃鳥肌が立ってくる。
 洋治郎は躊躇って中々答えようとしない。しかしここで口をつぐんで桂丸に何かあっては、とでも考えたのか序列四位の惟靖だと答えた。
 瀞丸も桐衛門も知っていたのだろう。だから最後まで渋った。
 桐衛門など間違いがあってからではとまで言っていたのだ。ようやく合点が行った。
 同時に、その惟靖に痣紋を見せた上背を触らせたなどと、この忠臣には絶対に知られる分けにはいかないと桂丸は内心力強く頷く。
 けれども母の腹の中に入っている頃から知られている身だ。あまり長く話していると僅かな隙を突かれてしまうだろう。散歩をして来ると言って立ち上がった。
「今からですか?」
 まだ八つとは云え近頃は日も短くなりつつある。
「では統矢を供に連れて行って下さい。直に戻りますから」
「いや……」
 余計悪い。
 今の桂丸の臣は皆先代から引き継いだ臣だった。渡統矢はその中で最も若く、桂丸とは十五も離れていない。
 幼い頃から麒麟児と云われていたらしく、父の栄斉と共によく屋敷に出入りしているのを見掛けていた。
 となれば総領と面識を持つのも道理で、統矢はわざわさ浅桐家本宅に寄って行く事も少なくなく、その度に隆茉は散々遊ばれた。
 その優しげで白く上品な顔に騙されがちだが、あの年齢不詳男の本性は非情だ。おまけに地獄耳で口達者で気分屋な所がある。そんな男と連れだって歩くなど嫌味の一つも言ってくれと言うようなものだ。今日のような日は特に御免被る。
「大丈夫だ、外を眺めてくるだけだから」
 洋治郎は尚も渋ったが桂丸は笑って座敷を後にする。幸い統矢や他の臣に会う事もなく離れを抜け出せた。




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あきゅろす。
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