独往 半逃げるようにして出てきた桂丸だったが、散歩と言ったのはそう嘘でもない。目的はあったが。 以前この御殿に訪れた時は日程も短く、ふらふら出歩ける立場でもなかったが、滞在が十日余りもあったら逆に時間の潰し方を考えねばならない。 しかし今回はそんな心配も無用だ。城内の経路は一度回ったくらいでは把握しきれないだろうから。 本殿まで戻って来たが、さて何処から周ろうかと足を止める。右も左も似たような廊下が伸びていて、どちらに行っても同じな気がする。 迷っているうちに正門から辿っていく方が分かりやすいのではと思い至り、桂丸は右へ足を向けた。 ◇◆◇◆ 「…………………」 一刻程歩いたろうか。 あまりの広さ複雑さに、桂丸は閉口した。 途中会った城付き侍従に城内図を貰ったので、己が何処に居るのかは分かっている。 懐に仕舞った地図を取り出して再び広げ、溜め息が出た。 未だ半分も周れていないのだ。隠し扉の類は二つ見つけたのみで、そのどちらもが外に通じるものではなく更に桂丸を落胆させた。 戻ろうか、と思う。 離れを出た時間が時間だっただけに、空が赤みはじめていた。黄昏が早い。 次の集会は明後日だ。今日はいくら遅くなろうと構わないのだが……流石に疲れた。 溜め息をついて地図を懐に仕舞う。来た道を引き返して五つ目の角を曲がった時だった。 「おやぁ?桂丸ではないか」 左手の廊下から惟靖がやって来た。その丸い姿を見た途端、脳裏で洋治郎の言葉が蘇る。 桂丸は立ち止まって会釈をしながらも、緊張に肩を強張らせた。 「どうしたのだ?このような所で」 人の事は言えないが惟靖は単身だった。貴公こそ、と訊きたくなる。ここは主に物置などに使われている一画だ。用が無ければ来る所ではない。 「城内を散策しておりました。今日はもう戻ろうかと思っていたところです。……随分と広いのですね、ここは」 台詞に僅かな皮肉を滲ませる。それに気付いたのかいないのか、惟靖は大袈裟に肩を竦めた。 「黄泉比良坂への門番と云う役目を預かるからには、それ相応の威厳というものが必要になる。他の種への牽制もあるのだが、何より本拠をここまで巨大に造ったのは見栄によるものだと、私などは思うがね」 「……見栄?」 並んで歩きながら、問う。 「そうだ。天狗や神々へのな」 桂丸は首を傾げる。惟靖は己の腹をポンと叩いた。 「それより桂丸、先程はすまんかったなぁ」 「…………いいえ」 さっと顔を前に向ける。目の端に男の笑い顔が映ってしまった。 「しかし必要な事だった。それは」 「はい、勿論。分かっております」 頭の中で洋治郎の顔がちらつく。ここはまるで人気が無い。 「…っ」 肩を抱かれた。 桂丸は止まりそうになる足を叱咤し、前に進む。この廊下を渡りきればこの区画を抜ける。遠くに出口が見えた。 「先程も思ったが、細い肩だのぉ。ん?」 またこの笑い方だ。にたりと笑う惟靖は、抱いた肩を撫で擦る。 「女の身で、篁夜連の一翼を担う事となったそなたが心配でならん。ここでの務めは危険も多い。そなたの父の様な武芸達者ですら危うく腕一本落とすのではと云う事もあったし、蛇やら犬神やら妖狐やら、知恵合戦で苦心させられてもいた様子」 桂丸の足が止まった。そのような事、初めて聞いた。 「殺しても死なぬと思うていたんだが……まさか病にやられてしまうとは」 実に惜しいと首を振る。惟靖は記憶の中の男が遺した娘の手を握った。 「この白魚の手にかような苦役を強いるのは堪らない。早々に婿を取り、女子は女子らしく家を守るが肝要であろう。そなたが桂丸として執務を執り仕切れば、面目も保たれる」 [*前へ][次へ#] [戻る] |