愛してる愛してる愛してる(N)




嫉妬が過ぎたのだ。



俺は行き場をなくした手を見つめ、自嘲した。



静まり返った家の中。

今夜は酷い吹雪だというのに、彼女は何も着ないで飛び出していってしまった。

彼女は自分と同じ存在だ、簡単に死んだりしないと分かっていても……心配だった。



しかし、俺には彼女を追いかける権利がない。彼女がこの家から出ていったのは、他でもない俺の所為なのだ。

どれだけ心配で不安だろうが、俺にはどうすることもできない。もどかしくて、悔しい。



「……外に出たい?」

「う、うん。久しぶりにみんなに会いたいなあって、」



俺はハンナと結婚し、彼女を手に入れたはずだった。しかし、彼女は俺だけのものではなかった。

彼女はよく俺を置いてふらふらと他の男のところへ行ってしまう。



「駄目だ」



だから、閉じ込めた。

他の国との何もかも、全ての接触を禁じ、家の中だけで暮らすよう言いつけた。



「何で?!私は、ずっとずっとノルウェーの言うとおり、誰にも会わず生きてきた!」



自信が無かったのかもしれない。

彼女から、キスと「結婚したのがノルウェーで良かった」と言葉を貰ったのに。照れ屋の彼女にそこまでさせて、俺はどこまで行ったら気が済むのだろうか。



「このままだと私おかしくなりそうなの!腐ってしまう!」



俺のことだけ考えればいい。俺のことだけ目に映し、俺の名前だけ口にしていればいい。他の奴の目に触れさせたくない。ハンナの声を聞かせたくない。

そんな独占欲が重くハンナにのしかかり、苦しめている。そう気付いても、既に歯止めはきかなかった。



「……これまで二人でやってこれたんだ、これからも大丈夫だべ?」



頭は異常なまでに冷静だった。



「おめえは、俺だけのもんだ」



自分でも驚くほど静かで、暗い声。ハンナの両の二の腕を掴む指の一本一本に力が入り過ぎているのが分かる。

やがて強気だった彼女の表情はみるみるうちに血の気を無くし、目の光は失せて輝きを無くしていった。



「………い、やっ……!」

「あ?」


「離して!!離して!」



突然、華奢な体からは想像もつかないような力が働いた。

彼女は俺の手を力づくで引き剥がし、自由になったのだ。俺が驚いて呆けていると、ハンナは小刻みに震えながら、ぽろぽろと涙をこぼしだした。



「………ハンナ」

「触らないで!」



伸ばした手はバチンと払いのけられ、そのまま宙に浮いていた。鈍い痛みが脈を打つ。彼女は一瞬はっとしたが、何も言わなかった。

ハンナの荒い息遣いだけがやけにうるさく反響している。



「ノルウェーも、デンマークと同じ!」



俺を見損なったと、ヒステリックに叫ぶ。彼女の目に溜まっていた最後の涙がつうと流れた。

引き留める声が出ない。ハンナは何も羽織らず外へ飛び出し、一度もこちらを振り返らないまま吹雪く夜の闇へと溶け込んだ。




俺とデンマークが似ている?

冗談じゃない。そう思うばかりで、俺はしばらく何も分からなかった。しかし、今思い出した。俺は過去に一度、あの恐怖に染まった顔を見ていた。



(俺は、あいつと同じことを……)



蘇るのは、昔の記憶。スウェーデンのハンナとフィンランドを連れた家出により同盟が崩れ、デンマークの家には俺とアイスランドが残った。この頃から、奴はおかしかった。

その後フィンランドがロシアの家へ、俺はスウェーデンの家へ住むことになった。デンマークの元にはアイスランドだけが残る。



(俺はあいつを……ハンナを傷つけたかったんじゃねえ、守りたかったんだ)



手下と呼べる存在が遠くへ行ってしまったことで焦った奴は完全に、いかれた目をしていた。

奴は何かしようとしている。そう感じていた頃の、白夜の森で出会ったハンナ。あの時の顔と、まるで同じだったのだ。



(……俺が傷つけてなじょする。大切にするっつって、泣かせちまったでねか)



気付いた途端、激しい自己嫌悪に陥った。もしハンナが帰ってこなかったら俺の所為だ。もし生きていて他の男のところで暮らすと言い出しても、俺には何も言う資格はない。

ひょっとしたら、彼女を心配することすら許されないことかもしれないとさえ思いだした。



(ハンナ……無事だべか……)



12時になる。ハンナは帰らない。

待っていても無駄だと思いながらも彼女を諦められず、ソファに腰を埋めて時計の針の足音を聞いていた。



(神さま、もう一度だけハンナに会わせてくれ。そしたら、俺は―――――)



体がびくんと跳ねた。

はっとする。俺はソファに座ったまま眠ってしまっていたらしい。



「ん……」



小さな声に気付かされた、膝の上の毛布と愛しい重み。

寝起きでぼやけた目をこすって横を見ると、失ってしまったはずの彼女が俺に寄りかかって眠っていた。



「………あんがとない、」



涙が出そうになるほど暖かい体だ。夢かと思ったが、夢なら重みなんて感じない。

ハンナが戻ってきた。隣にいる彼女は、夢や幻なんかじゃない。俺は、もう少しでこの温もりを失うところだったのだ。ぞっとする。



「ごめんな」



彼女を起こさぬよう、そっと額にキスを落とす。そして、上から寝顔をしばらく見つめていた。



「怖い思いばさして、すまねえと思っどる」



雪にでも濡れたのだろうか、肩に手を回し彼女の顔を胸に埋め、頭に頬ずりすると、彼女の髪が湿っていることに気付いた。



「おめは許してくれっかな……」



ハンナの髪がまた濡れていく。俺は彼女の頭を撫でながら、肺一杯に匂いを吸い込んだ。

朝が来てハンナが目を覚ましたら、ちゃんと謝ろう。それから、以前のようにいつでも誰にでも自由に会えるようにしてやろう。もう二度と、あんな顔はさせないと誓う。



「おめえを失っちまったら意味がねえ。ほだごども分からんで、俺は馬鹿だ。失いかけて気付く、救いようのねえ大馬鹿だ」



恐らく嫉妬心も独占欲も消えはしない。寧ろ彼女を解き放てば、それらは悪化の一途を辿るだろう。

しかし、それでいい。再びハンナの笑顔が見られるようになるならば――。あとは俺が、同じ過ちを犯さなければ良いだけの話だ。



「……ハンナ、愛しどる……」



頬を伝って、塩辛い水が口に入ってくる。ゆらゆら揺れる視界。ハンナの頬にも、同じものが流れていた。



(取り返しのつかねえことになんねえで、本当に良かった――…)



俺は何も知らない。ゆっくり瞳を閉じ、ハンナを強く抱き締めた。










Jeg elsker deg.




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