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fight!!















fight!!














剥き出しになった電線は、所々が千切れてバチバチと物騒な音を立てている。時折散る白い火花が、目に突き刺さるように明るい。感電したら、一巻の終わりと言った所か。配線不良でやかましく点滅を繰り返す白熱灯は、最早照明と呼べた物ではなかった。薄暗い室内に転がるのは、何も埃だけではない。鉄パイプや鎖、何処から紛れ込んだのかも知れない有刺鉄線にホイールまで。四方をコンクリに塗り固められた廃ビルは、意図せぬ内に何時の間にか天然の要塞と化していた。
半裸のまま革張りのソファーへ深く身を沈め、相棒である巨大な碇を象った槍を小脇に抱えた男は、うつらうつらと惰眠を貪っていた。金属よりも尚眩しい銀糸が、寝息に合わせて揺れる。と、彼は突然ぴくりと体を微かに揺らし、如何にも面倒臭そうに両瞼を押し上げた。彫りの深い端整な顔立ちを彩る翠と紅の左右非対称の瞳が、ぼんやりと入り口の方を見遣る。一々開けるのが面倒だからと言う理由で扉を外された其処には、目深に青いフードを被った青年が立っていた。男にしてはやや細身の躰は、一見すれば頼りなく映る。だが、フードの下から覗く弧を描いた口元は、其れを払拭する程に不敵な形だ。



「Hello、アンタが、巷で噂の胡散臭ぇ何でも屋か?」

「……胡散臭ェかどうかはさておき、一応便利屋ってモンはやってるかも知れねぇなァ」



揶揄するような青年の言葉にさほど気を害した訳でもなく、銀髪の男は一つ大きな欠伸をする。



「ただ俺には長曾我部元親って名前があるからよォ。…ま、覚えるかどうかはアンタに任せるぜ、おチビさん」

「………Ah?」

「はっは!メシはちゃんと喰った方がいいぞ、好き嫌いなくな」



体格差について指摘された途端、ひくりと青年の口元が引き釣る。豪快に笑う銀髪の男…元親の喉元に鋭利な切っ先が突き付けられたのは、その直後だった。凶暴な光を宿す白銀の刃は、皮膚に隙間なく這わされている。



「そりゃアンタの図体が馬鹿デカいだけだろうが」



心から不快そうに、青年は吐き捨てる。至近距離で一つだけ見えた青いフードの下の猫のような瞳が、こちらを威嚇していた。其れが何故か酷く愉しくて、元親は低く笑いを押し殺す。青年が訝しむより早く、ほっそりとした腰に回された手が形勢を逆転させた。



「…ッ…!?」



まさか刃物を突き付けられた状態で相手が反撃に出るとは予測していなかったのだろう。半ば引き倒されるようにして元親の座っていたソファーに打ち付けられた青年は、あっさりと窮地に追い込まれた。ナイフを持つ其の手ごと青年の喉元に突き付け、元親は両の目を細める。



「言ったろ?ちゃんとメシ喰っとかねェと、俺みたいになれねェぞおチビさん」

「おい、そのふざけた口を何とかしな。消し炭になりたくなければな」



思いの外、青年は冷静だった。其れ所かこの状況で悪態まで吐いてみせる。益々増幅していく興味は、元親の虹彩の奥で燃え上がった。全身の血が沸騰しそうに熱い。



「……伊達だ」

「あン?」



唐突に溜め息混じりに告げられ、思わず聞き返す。青年は再びあの不敵な笑みを浮かべると、深く被っていたフードを後ろへ下ろした。



「伊達政宗。それが俺の名だ…you see?」



露わになった生意気そうな顔は、予測していた物を幾重にも上回って彼好みで。
その瞬間、完全に元親は陥落した。



「…政宗、か。いいな、気に入った」

「Ha、アンタ程珍しい名前じゃないと思うがな、長曾我部元親」



どうやら政宗は、元親の言う『気に入った』を、すっかり名前の事だと勘違いしているようだ。フルネームで人の名前を呼んでおきながら、慣れない其の響きに可笑しそうに笑っている。もしや鋭いように見えて、これで案外鈍感なのだろうか。隙がないと思ったら突然やたらと可愛らしく(元親的には)なってみたり、まるで翻弄するような政宗の言動から、元親は早くも目が離せなくなっていた。否、そうでなくとも、人の目を惹きつける容姿である事には間違いはない。医療用の白い眼帯は、この御時世付けている事自体珍しくはなかったが、むしろ政宗においては、隠されていない隻眼の光の強さが凄まじかった。黄金の竜眼は、琥珀をそのまま嵌め込んだようで。それを支える白い台座も、瞬きする度に影を落とす長い睫も。と、すっかり見入っていた元親に気付いた政宗が、不愉快そうに眉を顰める。



「何だ?俺の顔に何か付いてるか?長曾我部」

「いや……っつーかよォ、長曾我部は止めようぜ。俺が政宗って呼んでんだ、お前も元親って呼べや」

「そりゃアンタが勝手にそう呼んでるだけだろうが」

「名前で呼ぶまでお前とは一切口聞かねェからな」

「何だそりゃ…子供か、アンタ」



他愛もないやり取りの後、本当にだんまりを決め込んだ元親に、政宗は耐えきれなくなったように噴き出す。腹を抱えて笑う彼は、先ほどまでよりずっと幼く見えた。



「しょうがねぇなぁ…I see、元親」



ただ名前を呼ばれた(正確には呼ばせた)だけだと言うのに、大袈裟な位鼓動が跳ね上がる。自分でも実に現金だと思うが、だらしなく緩みそうになる頬を引き締め直した分まだ誉めて貰いたい位だ。然し、何時までもそうデレデレしている訳にもいくまい。何せこんな辺境の地までわざわざ噂の何でも屋を訪ねてきたのだ。並大抵の用件ではない事は、今までの元親の経験上、間違いなかった。



「それで、お互い名前で呼び合う深ェ関係になった所で、アンタの依頼についてでも話して貰えるかい?ついでに、スリーサイズと好きな男のタイプもな」

「くく…アンタ、変わり者って良く言われるだろ。OK...それじゃあここからはbusinessの時間だな」



未だ引きずっているのか笑いを噛み殺す政宗は、既に其の隻眼に捕食者の色を取り戻していた。さり気なく個人情報について華麗にスルーされた件は、敢えて触れずに置く。そちらが本当に聞きたい用件だと述べたら、間違いなく殴られるのは目に見えていた。


















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