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fight!!









「俺の依頼は至ってeasyだ。この俺を、アンタが半永久的に匿う。それだけだぜ」



青天の霹靂とは、正にこの事か。後ろからいきなり殴られたような衝撃的発言に、元親の目は点だった。半永久的に、匿う?その単語が脳内でメリーゴーラウンドのようにぐるぐると巡る。冗談にしては政宗は至極真面目な顔をしているし、先程の夢の続きを見ている訳でもなさそうだ。



「……そりゃ、お前が俺のモンになるって事か?」



漸く考え抜いて発した一言も、あまりに間抜けていて。ソファーにふんぞり返って座っていた政宗は、ぴくりと眉尻を跳ねさせた。不味い、これは殴られる、と思って身構えたものの、続く言葉は一つ目より更に強烈で兇悪だった。



「Ah...そう取られるとは思ってなかったが…アンタがそう言うなら、俺はそれでも構わねぇ」



今度こそ後頭部を鈍器でフルスイングされたような衝撃に、いっそ眩暈までしてきた。まさかうっかり口が滑って漏らした発言を、ご丁寧に頬まで染めて了承されるとは。元親にとっては嬉しい展開だが、それにしてもあまりに事が上手く出来過ぎている。気を許した途端に寝首でも掻くつもりなのかと、疑いたくなるのも無理はない。確かに古来より、据え膳食わぬは武士の恥との教えがあれど。



「まあ…待て、落ち着け、」

「俺は至ってcoolだぜ?」

「違う、お前じゃねェ俺だ…いや、お前もだ……いやいや、それも違う!兎に角、何でンな事になったのか説明しやがれ!!」

「oh、そういや説明すんのすっかり忘れてたな」



吼える半裸に、政宗はぽんと手を打った。相変わらず肩透かしの上手い青年だ。そんな重要な事をどうすれば忘れられるのかと、元親は頭を抱える。もしや自分は、相当厄介な事に首を突っ込んでいるのかも知れない。そしてその予想は、飽くまで彼を裏切らなかったのである。



















皇龍会。現会長である伊達輝宗を筆頭として、堅気と御法度には手を出さない、昔ながらのやり方で生き残ってきた仁義を重んじる数少ない極道、と聞いた事がある。そしてつい最近、その組の若頭で在った男が暗殺されたらしいと言う噂も同様に、元親の耳には届いていた。



「若頭…小次郎はあの人に似て利益の為なら何でもする節があったからな。組の中でも、其れが快く思われちゃいない事は知ってた。だけど…まさか……Ha…俺の、あの世界に対する認識が甘かった証拠だ」

「で、その跡目争いに巻き込まれそうになったから、俺の所に転がり込んできた、と」

「YES、幾ら俺が組とは関係ねぇ所で生きてきたとは言え、そんなもんじゃ納得出来ねぇ連中は腐る程居る…。本来なら兄である俺が弟の小次郎より先に若頭に就くべきだったんだろうしな」



曰わく、彼の母親は幼少時政宗が組同士の抗争に巻き込まれ瀕死の重傷を負って以来、政宗の存在を認識出来ない…つまり、完全に息子は死んだものだと思い込んでいるらしい。故に、父は妻の精神の安定の為、政宗を信頼の置ける旧知の友人の元に預けた。輝宗は時折顔を見に訪れては親馬鹿ぶりを披露するだけで、政宗にとっては只の気の良い父親でしかない。弟の小次郎とも幼い頃に離別して以来顔を合わせておらず、皮肉にも久方ぶりの再開は物言わぬ姿となってからだった。精々喧嘩の強い一端の不良程度の実力しかない自分が、いきなり組の跡取りに等なれる筈がないし、なるつもりもない、というのが政宗の本音だと言う。



「で、肝心の親父さんは何て?」

「まー君がやりたいなら色々教えてあげるけど、他にやりたい事があるならいいんだよっ………だとよ」



軽い。軽すぎる。
息子に店を継がせるのとは訳が違うのだ。と言うか、そもそも良い年した息子にまー君は、ない。げんなりした顔の政宗とそんな男に率いられている皇龍会が酷く憐れに思えた。



「…正直、あの馬鹿親父が組長ってのはjokeだとしか思えねぇ…っつーか、そうであって欲しい」

「……だよな」

「まあでも…俺のやりてぇ事、最優先させてくれる…ってのは、正直、かなり有り難いけどよ」

「へェ、何かあんのか?」



何気なく問えば、政宗は何故か口を噤む。目尻を染めつつちらちらと上目遣いに元親に視線を送ってくる様が、どれ程の破壊力を持っているのかを彼は当然ながら知らないのだろう。が、其れにしても襲いかからずに踏みとどまっている自分の堅実な理性を、是非とも誰かに全力で褒め称えて欲しかった。



「……笑ったり、しねぇ…?」



真意を探る囁きが、やたらと甘く響く。今度こそ口を開いたらとんでもない事を口走りそうで、元親はこくりと一つ縦に頭を振って答えた。彼は暫し躊躇った後、聞き取れるギリギリの音量で呟く。



「…patisserie……ケーキ屋」



あれだけ気丈に振る舞っていた政宗が言い澱むような事だ。並大抵の事ならば乗り越えるつもりでいた元親も、予想の遙か斜め上を行く回答に一時停止せざるを得なかった。つい先程まで、自らの首筋に刃物を押し付け不敵に笑っていた青年の姿が思い浮かぶ。しなやかで、孤高の獣のような。実際、その蓋を開いてみれば、極道の息子であったり生意気だったり。






そんな彼が、ケーキ屋。






「…っわ…!」



約束通り、元親は決して笑う事はしなかった。むしろこれだけ荒んだ時勢に良くもまあそんな純粋に育ってくれたものだと、感心までした程である。その代わり、と言っては何だが、ずっと堪えていた衝動が、遂に針を振り切って暴走した。
ぎゅう、と幼子がお気に入りの縫いぐるみにするように、強く政宗の体を抱き締め、見た目よりも柔らかい褐色の髪に鼻を埋める。半ばソファーに座る彼を押し倒すような形になっていたが、元親はそれさえ好都合と逃げ場のない細い体をがっちりと捕らえて離さなかった。



「な、何だよ、いきなり…っ」

「…可愛過ぎんだろ、お前」

「Ah?何…」






「──いいぜ、この依頼、受けるかどうか…見定めさせてもらう」






この依頼を受ければ、背負うリスクは半端な物ではないだろう。だが、元親を突き動かしているのは、割に合うだとか合わないだとか、そんな損得勘定ではない。出会ってからたかだか一時間程度しか経っていない青年に、今まで築き上げてきたもの全てを引き換えにしても良いか否か。偶には人生を賭けた勝負をしてみるのも悪くはないと、そう思った。
















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あきゅろす。
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