短編小説
2:理由なんか後付けです。
しかし、余りにも呆気なく撃沈してしまった翔太に、遥は暫くしてから首を傾げた。
孤高の不良だと恐れられ、どこかの族を1人で潰しただとか、やくざの息子だとか色々騒がれている奴にしては、それはもう本当にあっけなかった。
いくら鳩尾を狙ったといえ、どちらかと言えば文系の遥の拳一発で沈んでしまったのだ。
ちなみにそのことに気付いたのは、既に携帯用灰皿で潰したタバコが3本目になったときだったのだが。
一向に目覚める気配のない翔太に、このまま放っていっても良いんじゃないかと考える。
しかし、一応遥も人の子だ。
罪もない人をここに転がしたまま出て行くのは気が引けて・・・というのは建前で、あとであることないこと吹聴されては拙いと考えたため、翔太の目が覚めるのをずっと待っているわけだが。
それに・・・。
「しっかし、可愛い寝顔だこと」
タバコを吸いながらじっくりと観察した結論として出されたのはその一言らしい。
今まで余り関わることがなかったためか、よくよく見ればかなり自分の好みの顔だということが分かる。
という彼は真性のゲイのだったのだが、苦しそうに眉間に皺を寄せながら意識を失っている彼は、どう贔屓目に見ても凶悪面この上なかった。
がしかし、少し感性がずれているらしい遥にとってはそう見えたようだ。
「無防備に寝ちゃってさ。なんかもう、襲ってくださいって感じだよなぁ。んーちょっとだけ、ちょっとだけ味見しても罰は当たらないだろう」
4本目のタバコを潰した遥は、そう自分が原因で気を失っているのを棚に上げ1人で納得すると、まだ少し少年の丸みを残した翔太の頬を指で突く。
「おおっ」
意外にも吸い付くような肌触りに調子に乗って突いていると、さすがの翔太も意識が覚醒したらしい。
不快感に顔を顰め、薄く目を開こうとする彼に、何故か拙いと思った遥はそのへの字に曲げられた唇を咄嗟に塞いでしまっていた。
「・・・んっ!?」
驚いたのはもちろん翔太だ。
目を覚ましたと思えば突然の息苦しさに見舞われ、目の前には誰だか分からない人のどアップ。
声を上げようと開いた口にはすかさず舌が捻じ込まれて、さすがにその頃になって自分が何をされているのか気付いたらしい。
「んんっ!・・・んっ」
引っ込める間もなく彼の舌に絡んできた相手の舌は何か得体の知れない物体のようで、しかしそれ以上に気持ちがいいから質が悪い。
時折吸われると、そこから甘い痺れが広がり、それに連動して腰が疼くのが分かった。
・・・この感覚はなんだか拙いのではないだろうか。
気持ちよさと、なんだかよく分からない感情に顔を真っ赤にしながら翔太は自分に圧し掛かってくる相手を押し返すと、それは意外にもすぐに離れ、しかし最後には名残惜しげに下唇を食まれる。
「っぁ・・・!」
軽く歯を立てられただけなのに、先ほど以上に腰が疼いてしまった。
制服に包まれた下肢は熱を帯びていて、こんな誰かも分からない人物にキスをされて反応してしまっている自分が翔太には信じられない。
正直自分ですることも殆どなく、性に淡白なほうだと感じていたのに、その考えは改めなければいけないようだった。
未だ地面に転んだままの体を持ち上げようと肘を突くと、すかさず肩に手が添えられ、体を抱き起こされる。
しかしそんなことをしてくるのは先ほど自分のファーストキスを奪った相手でしかなく、慌てて身を引けば、どこをどうやったのか自分の学ランの裾を踏んで、地面に顔面からダイブ。
「っ・・・て!」
ゴン!という景気のいい音がしたから多分、打ち付けた額は痣ができている上に少し擦ってしまっているかもしれない。
翔太が痛みに呻いていると、はっとしたように一拍置いてから顔を上げさせられ、近過ぎるだろうという彼に額をベロリと舐められてしまった。
「甘い・・・」
案の定滲み出ていたらしい血を舐めとってそんな台詞を吐く相手に、翔太はドン引きだ。
他人の血、舐めた挙句甘いって変態かよ!?っていうかまず寝てる男相手にキスするとか絶対変態だ!
と言いたい事はたくさんあるのだが、驚きのほうが勝っているらしく、口をパクパクとさせることしかできない。
「・・・可愛い」
しかもそんな翔太を見て、”可愛い”などとほざく奴はやっぱり変態なのかもしれなかった。
しかし、ようやくちゃんと見ることのできた相手の顔に翔太は心底驚いた。
そこにはきちんと伊達眼鏡を掛けた遥の顔があったのだ。
「っっっ!!!!!!」
声にならない悲鳴を上げ、尻を突いたまま思わず地面を後退する翔太には訳がある。
「(た、高遠遥・・・!!!!!!)」
目の前で艶然とした笑みを浮かべるクラスメイトの遥は、実は翔太がこっそりと憧れている人物であったのだ。
別に翔太もゲイだとかそういう話ではない。
何事もそつなくこなし、人あたりがよく、社交的で明るい彼は翔太がなりたいと思う人物像そのものなのだ。
逆に翔太と言えば見た目のせいで誤解されることが多く、更には口下手で自分の意見を言うことが出来ず、どちらかといえば内向的で性格も暗い。
周りには無口で何を考えているのか分からず、いつも1人でいる様は一匹狼の不良だと思われているようだが、実のところただ人付き合いが苦手なだけだったのだ。
そんな憧れの遥が目の前で微笑んでいるのだ、これが驚かずにいられるだろうか。
翔太はすっかりこの目の前の相手が自分にキスをし、さらには”可愛い”と言われたことさえ忘れて、もちろん意識を失う前に見た光景なんて微塵も覚えておらず、ただ口元を押さえて戦慄くしか出来ない。
そんな彼の様子を見て遥は益々笑みを深くすると、その形のいい唇を開いた。
ゴクリ・・・それに合わせて翔太の喉が鳴る。
「君がここで意識を失っていたようだったから、介抱していたのんだけど・・・よかった。意識が戻った様で」
その唇から発せられた声はとても優しいもので、その内容がいくら嘘八百を並べたものであっても、目の前の翔太はコロッと騙されてしまっていた。
それどころか、こんな自分の介抱をしてくれてだなんてなんていい人なんだろう!と感激までする始末。
キラキラと澄み切った目を向ける翔太に、遥は何となく罪悪感を感じながらも、笑みは絶やさない。
「あ、そうだ。僕、余り面識がなかったから・・・。三上君と同じクラスの高遠遥といいます」
そんな遥の言葉に、翔太はぶんぶんと首を左右に振ると、とんでもない!というようにアピールしてみせる。
「・・・知ってる」
しかし、口から出たのはそんなぶっきら棒な言葉だけで、自己嫌悪に陥りそうな翔太だった。
「え!?嬉しいな!三上君が僕のこと知ってくれるだなんて。実は屋上なんて初めてきたんだけど・・・ここに来ると三上君に会えるって聞いたから」
だというのに遥の反応はとても好感の持てるものだった。
むしろ彼の方が有名人なのに、自分の名前を知ってもらえてくれたことが嬉しい。
しかも、そんな自分に会えるからと優等生の彼が立ち入り禁止の屋上に上がってくるなんて・・・って!?
「え?」
「あ・・・っ!僕としたことが・・・つい、三上君と話せた嬉しさにこんなことまで言ってしまって・・・迷惑だよね?」
ぽかんとしてしまった翔太に、眉をハの字に曲げ、遥は申し訳なさそうにこちらを伺ってくる。
それにまたとんでもない!とぶんぶんと翔太は首を左右に振ってみせた。
まさか自分が憧れている遥がそんなことを思ってくれてるとは思いも良らなかった翔太は、夢でも見ているのではないかと思ってしまったほどだ。
「三上君て、やっぱり優しいんだ。だったらこんなことを言っても許してくれるかな・・・」
「・・・」
「僕・・・。・・・僕、1年生の頃から君のことが好きなんだ」
しかも困ったような笑みで続けられた言葉に、翔太は耳を疑ってしまった。
「(おおおぉぉぉぉおお、俺のことを好き!?あ、あの高遠遥が!??!?!?!)」
「男が男を好きになるなんて可笑しいよね。でも、実はその君の不器用なところだとか、無口なのは感情を表現するのが苦手なんだとか、噂とは違う君を見るたびいつの間にか好きになってしまって・・・」
そんな翔太の心情など知らない遥としては、意外にも近くにいた自分好みの翔太を落とすことで精一杯だった。
正直理由なんてこの際どうでもいい。
とにかく必死で半ば当てずっぽう、あとはなんとなくさっきまでの短時間で感じた彼の印象を告げただけなのだが、それは意外にも的を得ていたようだ。
急に顔を赤くした翔太に、遥は星は俺に味方している!もう一押しだ!と自分を叱咤し、更に追い討ちを掛けるように彼に近付いていく。
今度は逃げなかった彼は膝に手を置かれても大人しいもので、何だか遥は猛獣を飼いならしたような気分だった。
まあ、実際の翔太と言えばただの小動物だったのだが。
「・・・好きだ」
今までの丁寧口調が嘘のようなはっきりとした言葉に、他人に好意を向けられたことなどほとんどない翔太は不覚にもときめいてしまう。
更には耳を嬲るような甘い声に、腰が砕けてしまいそうだった。
膝を優しく撫でられて、何だかイケナイ気分になってしまう。
それに慌てて小さく頷いてしまった翔太は、悪魔の罠にまんまと嵌ってしまった哀れな子羊だった。
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