短編小説
7:斬新な告白
ある晴れた木曜日の朝、事件は起こった。
ざわざわと朝特有の喧噪に包まれた教室。
しかしどことなくその空気は張りつめており、生徒達の視線はどこか落ち着きがない。
そんな中、唯一1人の男子生徒だけがいつも通りに窓際の自分の席から外を眺めていた。
染められていない真黒な短い髪を格好良く決め、ビシッと学ランを着こなした彼はなかなかの男前だ。
しかし凛々しい眉の下、切れ長の目はどちらかといえば眼光が鋭くなんとなく取っ付き難い。
そんな彼はクラスメイトからビビって目を合わせてもらえることすらないのだが、今そんな彼は何故だか注目の的だった。
ちらちらと遠巻きに注目されている彼はどうやらこの教室の異常さに気付いていないらしく、眠たそうに欠伸を噛み締めている。
そんな顔は普段の怖さを半減しているのだが、他の部分に注目しているクラスメイト達がそれに気付くことは無さそうだった。
「おはようございます」
そんな異様な雰囲気の中、爽やかな風を背負って現れたのはクラスのアイドル。
否、学校中のアイドルと言っても過言ではないだろう。
10人が10人とも「カッコいい!素敵!」と言うような正統派王子様系眼鏡男子な彼は、学校中で知る人がないほど有名人なのだ。
女子生徒達は途端、うっとりした顔で両手を胸の前で組んでみせたり、頬に手を当てたりと忙しい。
男子生徒は男子生徒で元気に挨拶を返したりと、一気に教室中の視線は彼のものへと変わっていった。
目が合った1人1人に律儀に挨拶や一言二言会話を交わしながらも、そんな彼が一直線に向かうところは決まっている。
「おはよう、翔太」
「・・・遥、おはよ」
1番後ろの窓際、愛しい愛しい恋人の席。
それは先ほどまで教室中の視線を集めていた男子生徒・・・名前は三上翔太という。
普段取っ付き難い雰囲気の翔太だが、遥と話しているときは僅かながら表情が変わったりして、この種類の違う男前のツーショットは目の保養ともいえるだろう。
なんだか危険な香りがしそうなその光景に見蕩れ、しかしその片割れが翔太だという事実に彼らは当初の目的を思い出す。
そしてこの学校中で唯一翔太と普通に話せる遥に、皆一様に縋るような視線を送り始めるのだ。
あんな奇妙な翔太を見せられてはおちおち授業も受けてられない、どうにかしてと。
「(・・・うぜぇ。俺と翔太の時間、邪魔してんじゃねーよ。ったく、てめぇらでどうにかしろよな)」
翔太とは違い周りの雰囲気に敏感な遥はそれをすぐに感じ取ると、しかしそれと同時に心の中で悪態を吐くことは忘れない。
その反面、顔にはうっとりするような笑みを浮かべていて、まさか彼がそんなことを考えているなんて誰1人思いもしなかった。
「・・・っ!」
当然、それを間近で見せられた翔太といえば堪ったもんじゃない。
自分だけに見せるという蕩けそうな笑顔と、愛してると語る目にドキマギと体を硬直させ、可哀想なくらい顔は真っ赤で普段の顔はどこへやら。
しかしクラスメイトたちは遥の背中で、残念ながら翔太のそんな顔は見えなかったのだが、それも遥の計算の上だったりした。
誰がんな可愛い翔太他の奴に見せるかよ、ということらしいが。
「(かわいー)」
一応教室ということで口の動きだけでそう表現した遥は、翔太のもじもじする姿を見て満足する。
「(あーやべぇ、教室で発情しちゃ流石にまずいって・・・。しかし、それにしても可愛い可愛い俺の翔太くんは一体何をかんがえてんだろうねぇ。そんなストイックな恰好しちゃって)」
しかし同時にうっかりそんな姿に欲情してしまった遥は、彼も含めクラスメイト達が気になっているのであろう翔太の恰好を確かめるという名目で自然な感じで腰をかがめたのだった。
そう、クラスメイト達が翔太に注目していた理由は彼のビシッと着こなされた学ランだったのだ。
翔太といえば前が全開の学ランにカラーシャツというのが基本で、本当は校則違反なのだが何故か黙認されていたりする。
そのせいもあって、教師達は翔太が怖いから何も言えないんだとビビられる要素の1つになっていたりもするのだが。
加えて言えば木曜の今日は午後から体育の授業があって、この日は絶対上下ジャージ。
1年から2年の今まで体育のある日は絶対ジャージ登校で、しかしそれが今日はビシッとお手本の様に学ランを着てきていたのだから、なんの心境の変化だと驚かない方が可笑しい。
「えーっと翔太、今日木曜だよ?間違って制服着てきちゃった?」
おずおずとそう尋ねる遥にクラスメイト達はいよいよかよ息を飲み、しかし翔太は何故だか更に顔を真っ赤にして、「知ってる」そうとだけ答える。
何だか拍子抜けしてしまった彼らだったが、体育を忘れていたわけじゃないというのに制服を、しかもきっちり着てきた理由に増々興味が湧くのは致し方ない。
耳をダンボにしているクラスメイト達に遥はまた心の中で毒づきながら、翔太には笑顔をむけたままこう続けた。
「えー・・・っと、でもきっちり1番上までボタン止めてるなんて初めてじゃない?体育あるのに着替えどうすんの?」
最初は皆にも聞こえるように、最後は翔太にだけ聞こえるように小さく問われた本人と言えばもう可哀想なくらいに顔を真っ赤にしていて、思い当たるところのない遥は流石に笑みをひっこめてしまった。
翔太のある種特別な能力・・・ボタンが留めれない(もちろん外せない)ほど破壊的に不器用なことを知っている遥としてみれば、翔太のこの恰好は完全に不可思議なことなのだ。
十中八九このボタン留めは翔太の姉がやったのだろうが、体育でジャージに着替えないといけない日にわざわざそんな恰好をしてくる理由が分からない。
まさか体育の時間に姉がやってきて着替えさせるわけでもないだろうし、体調が悪いわけでもなさそうだから見学で着替えないってことでもないだろう。
だから教室に入った時、爽やかな笑みを浮かべつつも翔太の格好に目玉が飛び出そうなほど驚いたのは遥だけの秘密だ。
そんな遥の心中なんて知らない翔太は俯いた顔を真っ赤にしたまま、何か言い難そうに口をモゴモゴとしている。
ちらっと目線だけで遥を見上げたかと思えば、それをすぐに逸らしたりして、されている本人としたら・・・本当。
「(何?もしかして誘ってる?)」
なんて、人には見せなれないほど幸せそうなだらけ切った顔をしていたのだが、幸いなことにその顔は誰にも見られなかったようだ。
しかしいい加減焦らされるのも体に良くない。
それに後ろからクラスメイト達の無言の重圧が重く伸しかかっているのだ。
猫を普段から何十匹も背負っている遥でさえ息苦しいほどだ、早く答えろ!と翔太に訴えかければ、観念したのかくいくいっと袖を引かれ、耳を貸すように言われた。
「何、翔太?」
「あの・・・さ、遥言ってくれた、だろ?その・・・ボタンの外し方教えてやるって」
ぼそぼそと恥ずかしそうに告げる翔太に遥は「あの時な」と先日のテレフォンセックスもどきを思い出して合点が言ったように頷くが、クラスメイトからしたら何を話してるのかさえも聞こえない。
聞こえたところで首を傾げることになるのだが、聞こえない状況では何でも聞きたくなるのが人間の心理だ。
「だから姉ちゃんに頼んでちゃんと制服着てきた。カッターシャツも着てきたから・・・その、いっぱい教えて、くれ」
「ああ、だったら何回も・・・・(って翔太!?な、何を!?ナニをそんなにいっぱいだなんて・・・そんなのもちろん!!)教えてあげる」
しかしいくら耳をダンボにしても内緒話が聞こえる筈もなく、いらいらするクラスメイトを他所に遥といえば緩みそうになる頬を引き締めるだけで精一杯。
「ん。遥、上手いから。俺・・・遥にしてもらいたい」
たどたどしい言葉になんだか勘違いしてしまいそうで、否完全に勘違いして内心にやにやする遥と、いらいらするクラスメイト。
「遥じゃないと・・・嫌だ。だから」
それを知らずさらに爆弾を投下する翔太は、果たして体育の授業に出れるのだろうか。
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