短編小説
8:一生かけて愛します
クラスメイトは更衣室に。教室には内側から鍵をかけた。・・・さて、始めようか?
「さ、これで邪魔は入らないよ。・・・それとも翔太は皆の前で恥ずかしい秘密ばらされる方がよかったかな?」
昼休みの誰もいない教室。
遥と翔太という蜜月まっただ中という2人だけの教室で遥は口元に笑みを浮かべ、壮絶な流し目を翔太へと向ける。
それに真っ赤になって首を振ったのは眼鏡越しとはいえ、まともに受け取ってしまった翔太だ。
「そうだよね。まさか孤高の不良と噂されてる三上翔太くんがあんなこと・・・」
「遥っ!」
「・・・なんだよ、誰も聞いちゃいないって。3クラス合同の体育なんだから両隣の教室にも誰もいねぇし。ちょっとくらい大声出して暴れたって気付かれねぇよ」
学校用の丁寧語から素の口調に戻った遥は銀フレームの伊達眼鏡を外すと、それを学ランの胸ポケットへと仕舞うといたずらっ子のような笑みを1つ。
それが自分だけに向けられてると思うとお尻がむず痒く、どこかくすぐったい気持ちになる翔太だったが、照れてる場合ではないらしい。
「・・・翔太は俺に教えて欲しいんだろ?」
元々近い距離をさらに詰めてきた遥に至近距離から見つめられ、俯けば逃がさないとばかりにその顔を覗き込まれる。
「耳まで美味そうに真っ赤。・・・なあ、後ろからと前からどっちがいい?」
そして伸びてきた指に耳をくすぐられながら口説くような声で囁かれた台詞に、翔太はボンっと更に顔を真っ赤にしてしまった。
それがいくら“ボタンの外し方”を意味しているとしても・・・。
「これから自分でやることを考えると、やっぱり後ろからがいいと思うんだけどな」
「任せる・・・」
「ん、そう?じゃ、ここ座って」
さっきまでの色っぽい雰囲気が嘘の様に爽やかに笑ってみせた遥は、自分より縦にも横にも少しデカイ翔太を机の上に座らせると、自分はその広い背中にぴったりとくっつくようにしてフォーメーションは完璧だ。
しかしその背中をうっとりと撫で回している場合ではない。
昼休みはあと15分。それまでに完璧とはいかなくとも翔太にボタンの外し方を覚えさせて、体操着に着替えなければならないのだから。
「一応確認するけど、全く持って出来ないんだよな?ボタンの留め外し」
「うぐ・・・」
「あと、ベルトも外せなかったよな。・・・この前の、ちゃんと覚えた?」
確認とは名ばかりで、翔太を言葉責めして楽しんでるように見えないが、顔は至って真剣だ。
それにころっと騙された翔太も翔太で“この前”のことを思い出して赤い顔はしてるものの、眉間に皺を寄せた難しい顔でゆっくりと頭を左右に振ってみせる。
「頭では分かってんだよ・・・でも、いざやってみると途中で訳が分からなくなる。手が思うように動かねぇんだ・・・クソっ」
「そっか。一応仕組みとかは理解してるわけね。でもこの前はベルト外せたよな?ということは実際やってるところを見ながらなら出来るんだな。・・・よし」
難しい顔をしたままぎゅっと握りしめた拳は男らしく太く骨張ったもので、遥はそれに自分の男にしては指の一本一本が長くホッソリとした手を重ねると、励ますようにもう片方の手で頭を撫でてやった。
「大丈夫。んな顔すんなって。俺が教えるんだから1日で覚えさせてやる。そのかわり、スパルタだから覚悟しろよ?」
と、そんな感じで気合いも十分に取りかかったわけだが、遥は翔太の不器用さを甘く見ていたことをすぐに痛感することとなる。
◇
「・・・ボタンに指をくっつけたままひっくり返すみたいに動かして・・・あ、左手はこの端っこ持って」
「あ!・・・出来た!」
「ほら、今まで出来なかったのがおかしいんだよ。翔太はお姉さんに甘やかされ過ぎ。ほら、次は自分でやってみな」
学ランの1番上のホックは覚束ない手付きながらもどうにか自分で外すことが出来て、遥に手を添えて貰いながら学ランの1番上のボタンを外そうとすれば・・・実にあっけない。
出来ないのが嘘の様に簡単に外れてしまって、普段眼光の鋭い翔太にしてみれば珍しくキラキラと子供の様に瞳が輝いている。
遥の言葉にも元気よく頷いて、でも両手を同じように第二、第三ボタンへと伸ばされたところでその顔は一気に落ち込んでしまった。
「遥・・・」
「お、出来た?やっぱり俺の教え方が良かった・・・あ゛?」
それも無理もない。
遥の思わず出てしまった“あ”に濁点と言うのも頷けるだろう。
なぜなら・・・。
「何をどうしてボタンが取れるんだよ。引き千切ったんじゃ・・・ない、のか・・・」
しっかりとついていた筈の第一ボタンを覗く他の4つが綺麗さっぱり取れてしまっているのだから。
翔太の落ち込み方からして外せないことに躍起になって引き千切ったのではないらしい。
彼にしてみれば遥に教えてもらった通りそのままやっただけなのに、学ランは見るも無惨なことになってしまっていた。
「・・・翔太。今度は最後までちゃんと見届けるから、もう一回!次はカッターシャツのボタン外してみて」
自分の目でどこかどうなったのか見ないことには信じられない!とばかりに遥はそう声を上げて。
しかし結果は「信じられねぇ・・・」その一言だった。
「嘘だろ・・・。どうしてまったく同じ方法でボタンが千切れるんだ・・・?これはある意味器用というか・・・」
「遥・・・俺、やっぱりダメだったな・・・。何回やってもこうなるんだ。せっかく教えてくれたのに・・・悪い」
すっかり落ち込んでしまった翔太はキノコでも生えそうなほどジットリしていて、デカイ図体で鬱陶しいことこの上ない。
遥は遥で未だ自分が見たことが信じられないとばかりに目をまん丸に見開いたまま、千切れたボタンとシャツとを何度も見合わせている。
「遥と一緒だったら出来るのに・・・。遥に教えてもらったのに出来ないなんて、俺。一生一人でボタンの留め外しもできないままなんだな・・・」
その間もネガティブ一直線な翔太はズンズンと落ち込んでいって・・・。
「よし!翔太!お前のコレはもう一生治らない。とんだウィークポイントだが、俺的にはチャームポイント。やっぱり翔太は俺が見込んだだけある。・・・ということで高校卒業後翔太は俺に永久就職。一生ベタベタに愛してやる」
「どうして俺はこんなに何も・・・へ?」
「なんだ、聞いてなかったのかよ。三上翔太くんは高遠遥様に一生面倒見られること。以上。・・・分かった?」
しかしそこで掛けられた遥の台詞に、地面にのめり込む勢いだった頭がむくっと上げられた。
思わず聞き間違いかと思ってしまうほどそれはサラッとしたもので、でも。
「嘘だろ・・・」
「それは俺の台詞。俺はまださっき見たことが信じられねーよ。・・・ま、俺とずっと一緒にいるんだから出来なくても問題ないよな」
そう何度も繰り返す遥の髪の隙間から見える耳は真っ赤で。
「それって、遥・・・」
「ちょ、翔太!?わざと何回も聞いてるなら怒るぞ!・・・ここは笑ってありがとうっていうところだ、馬鹿」
それが飛び火したように翔太の顔も真っ赤になって、珍しく浮かべられた小さな笑みに、遥の理性は粉々に砕け散った。
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