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企画
ひとつだけ確かなもの・後編(藤)
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※高校二年生設定です。
公式の五年後設定をドドンと無いことにしてしまう話です土下座。一応ご注意を。
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あれから数日。
私と藤くんの距離はぐっと縮まっていた。
許婚だから、ではなくて、初対面での私の態度が何故か彼のツボに入ったらしい。
仕事中に声を掛けられたり、通用口で二言三言交わしたり、そんな小さなやりとりだけど、藤くんのことが徐々にわかってきた気がする。

「おい」

呼ばれて振り返れば、障子の隙間からひょっこりと顔を出して私を手招きする藤くん。
何だろう、と一応周りに誰も居ないことを確認して藤くんの居る座敷へと入る。

「どうしたの、藤くん」
「食うか?」

ぽんと私の手に乗せられたのは、美味しそうなおまんじゅう。
おまんじゅうは私の手のひらに、ちょこんと可愛らしく乗っかっていて、心の底からくすぐったい気持ちになった。
お腹へってたんだーと微笑めば、藤くんはすでにピリリと包装紙を破いてぱくりとおまんじゅうを口の中に放り込んでいた。

「ありがと、いただきます」
「仕事中につまみ食いかよ。不真面目なバイトだな」
「くれたの藤くんじゃん!」
「うそ、冗談。誰か来ないうちに早く食っちまえ」

お客様の居ない個室は、予約時間前に準備に来るまで誰も入らない。
声を潜めてくすくすと笑いながら、私達は誰にも秘密の時間を過ごす。
影がうつらないように、端の方に身を寄せ合いながら、上品なあんこをあわてて味わう。
喉に詰まりそうになって少し咳き込むと、大きな手が私の背中を優しく上下にさすってくれた。

「ありがと」
「アホだなー、子供かよ」
「だって落ち着いて食べられないもん」

ああさみしいなあ。
背中を上下する優しい感触に、寂しさが募る。
紫藤でバイトするのは今日で終わりなのだ。
私の様子がいつもと違うと感じたのか、藤くんが真面目な顔して私の顔を覗き込んでくる。

「どーした?」
「ん?せっかく仲良く慣れたのに、私今日でバイト終わりだなあって思って」
「…ああ、春休みも終わるもんな」

数秒、無言で見つめあう。
藤くんも寂しいと思ってくれてるのかな。

「ま、私達、結婚っていうご縁は無さそうだけどさ、友達としてこれからも仲良くして欲しいな」

私の言葉に、藤くんの表情が少し変わった。
頭をボリボリとかいて、何かを言い難そうにしている。
友達とか言っちゃったのはちょっと図々しかったかな。
元許婚、そして元従業員として道でバッタリ会っても無視しないで下さいとか、そんなレベルだったか。
なんてたってモデル様だもんねえ、お友達とかさぞかし美しくきらびやかな方々なんだろう。

「…なあ、お前、ゲーセンとか行くか?」

私が藤くんの友達はどんな人なんだろうと想像していたところで唐突にそんな言葉が投げかけられて、ハッと現実に戻される。

「んー、友達と一度だけ行ったことあるよ。ぬいぐるみに全財産突っ込んだけど一個も取れなかったからそれ以来行ってないけど」
「500円もありゃ一個は取れんだろ」
「3000円使いました」
「とろくせー」
「うるさい」
「苗字の高校って、駅の近くのオジョーヒンな女子高だろ」
「ああそうそう、ごめんあそばせとか普通に言うお嬢様が通う高校だよ」
「お前、浮いてんだろーな…」
「浮いてる子同士数人で仲良く楽しくやってるよ」
「…今度さ、学校終わったらゲーセン行かね?」
「うちの学校、下校時にそういうとこ行くの禁止されてるんだけど」
「じゃあどこだったら寄れるんだよ」
「本屋とか」
「マジかよ」
「マジなんだよ。一緒に行く?本屋」
「本屋にゃ用はねーけど…お前には会いたい」

ポツリと藤くんの口から零れた言葉に、私は目を見開いた。

「藤くん…私のこと友達として認めてくれるんだ…!」
「いや違う」
「なんだがっくり」
「友達っつーか、…いいなって思う。苗字と居るとなんか笑えるし、なんか好きだぜ、お前のこと」
「マジですか」
「マジだけど」

どうしようどうしよう、急にドキドキしてきた。
目の前の藤くんが余りにも真剣に言うものだから、心臓が苦しくなる。顔が熱くなる。

「じゃ、ししししごとにもどらなきゃ!」
「待てよオイ、返事は」
「はい!」
「そういう返事じゃねーよ!俺の告白に対する返事!」
「私も藤くんのこと、いいと思います!好きとかそういうのはまだよくわかりません!けどドキドキします!」

藤くんに腕を掴まれ、抱き寄せられた。
無言でぎゅーっと抱きしめてくる藤くんの身体が震えてることに気付いた時、耳元に耐え切れないとでもいうような藤くんの明るい笑い声。

「決めた。俺、お前と結婚する」

許婚を見るだけでよかった。どんな人か確かめるだけでよかった。
まさかこんな展開になるだなんて運命はわからないものだ。

「結婚したくないって言ってたくせに!」
「そりゃお前を知る前だったから。なんだよ、お前は嫌なのか?」
「ちょっと、なんかズルイよその聞き方は…」
「じゃ決定な。名前」
「いきなり呼び捨て!」
「婚約者だろ、いいじゃねーか」
「誰か助けて!」

苦しいのと頭が混乱してるのとで気が遠くなる。
私のあやふやな未来の先にあるひとつだけ確かなものは、もしかしたら藤くんなのかもしれないなと、ぎゅうぎゅうに抱きしめられながら思った。




匿名希望様リクエスト“藤くんの婚約者設定で藤くんを見るために藤の家に潜り込み働くことになって〜”なお話でした!
お待たせしてしまって、そして長くなってしまって申し訳ありません!
あれも書きたいこれも書きたいと、書くのが楽しくて止まらなかったのです…。
少女マンガのように、最後はこう、ハッピーな感終わらせてみました。
原作とは違う展開になりそうですが、一体どうなるのでしょうねえフフフ。
匿名様、素敵なリクエストどうもありがとうございました!!
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
いがぐり

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