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企画
ひとつだけ確かなもの・前編(藤)
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※高校二年生設定です。
公式の五年後設定をドドンと無いことにしてしまう話です土下座。一応ご注意を。
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春休みだけの期間限定で、有名な高級老舗料亭『紫藤』に仲居のバイトとして働かせてもらっている。
目的はお金の為でも礼儀作法を学ぶ為でもない。
自分の目で許婚がどういう人間か確かめる為だ。

ある日、両親から結納はいつがいいかしら?と、今日の夕飯は何がいいかしら?と同じような調子で言われた。
それを聞いたときは飲んでいた紅茶をブーっと両親に吹きかけそうになったが、そこをぐっと堪えたらむせて咳き込んで呼吸困難になって死ぬほど苦しい思いをした。
素直に両親に紅茶を吹きかけておけばよかったかもしれないと、息も絶え絶えになりながら激しく後悔するそんな私を見て両親は、どうしてこんな娘に育ってしまったんだかという切ない顔をした。

自分には許婚が居る。一度も会ったことの無い許婚が。
相手の藤麓介くんとやらには会ったこともないし、顔も知らない。わかっているのは名前だけ。
結納だとか結婚だとか、すごく遠い先のことのように思えて、上手く考えられないというか、まあなるようになるだろうと考えないようにしてきたらこれだ。
18歳になると同時に結婚とか、今の時代に信じられない!
とはいえ、ちょっとだけ許婚という響きに心をときめかせていたことは事実で、考えれば考えるほど興味が湧いた。
将来の、自分の夫となる人を見てみたい。
お見合いとかのかしこまった場とかじゃなくて、どんな日常を送ってるのとか、普段の姿だとか、自然な姿を見たいのだ。

ということで、私は父に頼んで紫藤の仲居さんとして許婚の家へと潜り込んでみたというわけだ。
私が藤麓介の許婚だということは、従業員のごく一部を除いて伏せてもらっている。
もちろん藤麓介のお兄さんの山蔵さんとご両親は知っているが、藤麓介本人には言わないようお願いしてあった。

嫁ぎ先のお仕事を、色々な面から勉強させていただきたいんです。
麓介さんに余計な気を使わせて嫌われたりしたら悲しいので黙っていていただだけたら…。

小中高とずっとお嬢様学校に通ってきたスキルを活かし、真面目でいじらしく可愛らしいお嬢さんを演じてみたら、親も藤の家の人も皆私の話をすんなりと信じてくれた。
持つべきものは演劇部の友達である。毎日練習付き合ってくれた友よ…感謝!
最後噛んじゃったけど上手くいったよ!


▽▽▽▽▽


「…さて、帰ろ」

動機はアレだがお給料をいただく以上、仕事はキッチリやらせていただいてます。
しかし慣れない着物を着ての仕事は予想以上に疲れて毎日へとへとだった。
その上、我が許婚殿はあまり家に居ないときた。なんてことだ。
春休みだからか、毎日バイトしているらしい。
何のバイトか知らない私は、その話をしていた年配の先輩にそれとなく話を聞いてみた。そしたらなんとモデルのバイトをしているという。
そんな凄い世界に居る人がこの平凡そのものな容姿である私の許婚だなんて、本当に人生とは不思議なものだ。
しかしバイトは忙しく、向こうも家に居ないんじゃ、藤麓介がどういう人かとか知る機会のないまま春休みが終わってしまうじゃないか!!
と焦ってはみたものの、私にはどうすることもできない。
紫藤の敷地は広い。料亭としての部分と住居としての部分は渡り廊下で隔てられているし、下手に侵入しようものならなんか変なプログラムが作動して最悪死に至るらしい。
すごいスリリングな環境で暮らしている許婚に心から同情した。

そんなことんなで藤麓介にますます興味が湧いた私はひと目でも会えないものかと早番だったら出勤は誰よりも早く、遅番なら最後の最後まで仕事を引き受けチャンスを待った。
が、ほんっとーに出会えない。

従業員出口から外に出て、夜の空を見上げふーと息を吐く。
あー今日も会えなかったなー。
春めいた空気を吸い込むと、心の中で新芽が出るような気持ちになって元気が出る。
星を見上げたままぼーっとしていると、不意に角から長身の男が現れた。

「…アンタ、何こんなところで何突っ立ってんの?」

従業員通用口の前を塞ぐように立っていた私に、通してもらえる?と首を傾げ訝しげに声を掛けてくる凄いイケメン。

「わ、すいません、最近バイトに入った苗字名前です。これから帰るところで…」
「…ふーん」

街灯の明かりに照らされたその顔に、どこか見覚えがあった。っていうか、山蔵さんに…似てる。
間違いない。この人藤麓介だ!!

「ここ従業員通用口ですよ、お家の方なら玄関じゃ…」
「正面から帰るとウルセーのに捕まっちまうから。俺が帰ったの知られたくねーんだ」
「はあ…」

高級老舗料亭の息子にしては随分と砕けた言葉遣い。
だけどそれがすごく自然に感じた。
初対面の私にも全然緊張してないっていうか、まあ、意識するような対象じゃないと判断されたのか…。
さっと端に寄ってどうぞ入ってくださいと促すも、何故か許婚殿はその場から動こうとしなかった。
遠慮無しに私に注がれるイケメンの視線に緊張しつつも、とりあえず怪しい者ではないですよとぎこちない笑みを浮かべれば、ふっと鼻で笑われる。
それは嫌な感じの笑い方じゃなかったのだけど、なんか逃げ出したい気持ちになった。
何もかもを見透かすような、透明な瞳に身体が硬直してしまう。

「アンタ幾つ?」
「高校二年生です」
「へえ、すげーな。ご苦労なこった」

何がすごいのだろう。料亭の仕事が大変ってことかな。
よくわからないけれど、普通にこたえてみる。

「慣れたら楽しいですよ」
「高2なら俺とタメじゃん。そんな堅苦しい言葉遣いやめろって。アンタは俺の家で働いてるだけで俺の下で働いてるわけじゃねーし」
「まあ、そうだよね」
「俺、藤麓介な」
「よろしく、藤くん」
「なあ、苗字。ウチって高校生のバイトなんて募集してたっけ」

ギクリ。
首を傾けたまま、獲物を追い詰めて喜んでるような顔をして藤くんはニッと笑う。

「なんか苗字って名前に聞き覚えあんだけど」

ドキリ。
しまったー!私の馬鹿!
私が藤麓介という名前を知ってるってことは、向こうの私の名前を知ってるに決まってるじゃないか!

「アンタ俺の許婚だろ」

ばーれーたー!

「花嫁修業でもやらされてんの?」
「いやいやとんでもない。自分の許婚がどういう人か気になって頼み込んで働かせてもらってただけ」
「俺のことなんて知ってどーすんの?アンタにゃ悪いけど俺は結婚なんてごめんだぜ」

その言葉に、私はとっさに言葉を返すことができなかった。
18で結婚はどうよとは思っていたが、まさか相手がここまでキッパリと結婚を拒否してくるだなんて。
別にイケメンだからといってひと目で恋に落ちたとかそういう展開ではないので直接的なダメージはないのだけれど、やはりドラマや小説のようにはいかないなあと私の中の乙女心が少しだけしぼんだ。
けど、それがしぼんだことにより、その先にある現実がおぼろげに私の前に浮かぶ。
許婚、結婚、その可能性が無くなったら、私の人生は私の人生として、好きな方向へ進むことができるのだと、そんな可能性にふと気付いた。
ぱーっと目の前が晴れた気分に、思わず藤くんの手を握って「藤くんナイス!」と言ってぶんぶんと上下に振る。
藤くんは私の行動に目を真ん丸にした。

「おい苗字…?」
「いやー素晴らしい!」
「…は?」
「結婚したくないんだよね?許婚だからって本人が望んでないなら結婚しなくてもいいんだよね!?」
「いいっつーか、親が素直にそうさせてくれるとは思えねーけど…全力で逃げれば強制しようもないだろ、多分」
「なるほど!」

逃げるなんて考えもしていなかった!
結婚するにしても逃げるにしても、どっちがより現実を見ているのかはわからない。
子供の頃から結婚しなさい、とそうすることが当たり前のように言われていたから、ふーんと思ってそれに従おうとしていたけど、人生には色々な選択肢があるものだなあ。

「うんうん」
「なに一人で納得してんだ」
「あ、ごめん。なんか嬉しくなっちゃって」
「変なヤツ」

くすりと綺麗な笑みを浮かべ、藤くんは「じゃあな」と私の横を通り過ぎていった。
ずっと女子高で過ごしていたけれど、合コンとかなんやらで、男子に免疫が無かったわけではない。
だけど、今の笑顔にはやられた。
イケメンのイケメンによるイケメンスマイルは、藤麓介に会いたくてたまらなかった私の心を直撃した。




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後編へ続く!

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