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企画
思い立ったが吉日(笹塚)

弥子ちゃんの事務所を出てすぐの廊下で、バッタリと吾代さんに会った。

「あー吾代さん久々ー。元気だった?」
「おう、それなりにな」

相変わらずガタイが良く目つきの鋭い吾代さんは、まるで戦友に向けるような穏やかな視線を私に向かって送ってくる。
ネウロのドSな仕打ちの数々を互いにそれぞれ耐え抜いてきている私たちの間には、何故だか不思議な仲間意識のようなものが芽生えていた。
そんな吾代さんは、脇に大事そうに分厚い封筒を抱えている。

「あ、それさっきネウロが電話で十秒以内に持ってこいって言ってた資料だね。パシリも大変だ」
「オメーも俺と同じあのバケモンと探偵のパシリ要員だろーがよ」

そうなのだ。弥子ちゃんみたいな探偵役ではないから助かってるけど、
普段は普通の会社勤めをしている私も、吾代さんのように、たまにネウロの食事の為の雑務に駆り出されることがある。
嫌なことばかりじゃないけど、最初はどうして私がこんな目に! って思ってたなあ。
人間の順応力って凄い。特に弥子ちゃん見てるとつくづく思う。

「そういえば最近笹塚さん見ないけど、吾代さんは会ってたりする?」
「なんで好き好んで俺があのおまわりなんかと会わなきゃなんねーんだ」

刑事である笹塚さんと吾代さんは犬猿の仲というやつだった。
私はそうでもないんだけど。
親切だし、たまに会って話すと楽しいし、あの独特の雰囲気も嫌いじゃない。
弥子ちゃんみたいに事件現場に行くことなどほとんどないので、そんなに頻繁に会えるわけではないのだけど、
ここ最近事務所にも顔を出してなかったせいか、笹塚さんは元気なのかとなんとなく気になったのだ。

「元気かなー」
「元気だよ」
「それならよかった」
「苗字さんも元気そうでよかったよ」

明らかに吾代さんじゃない声と話していることに気付いてハッとする。
あ、という私の声と同時に、眉間に深く皺を寄せてる吾代さんの後ろから、のそりと笹塚さんが現れた。

「噂をすれば、ってヤツだな。なら俺はコイツを探偵どもに届けに行くから、お前らは仲良くどっか消えてくれると助かるぜ」
「言われなくてもそうするよ」
「間違っても事務所には来るなよ。おまわりと一緒の空間にいるって考えただけで蕁麻疹でちまう」
「安心しろ。俺はこれから苗字さんとメシ食いに行くから」
「そうなの!?」

いつの間にか私の横にきていた笹塚さんに「そうなの」と肩にぽんと手を置かれびっくりした。
なに、私達ってそんな仲でしたっけ!?

「てかなんでご飯!?」
「俺、丁度腹減ってるし。じゃー行こうか苗字さん」
「やだちょっと笹塚さん、弥子ちゃんとこに用事があるんじゃないの?」
「ないよ」
「じゃあなんでここに」
「苗字さんがいるかと思って」

私達のかみ合ってない会話に、やってらんねえと言って吾代さんは大袈裟な溜息を吐くと、
もう私達に見向きもせず弥子ちゃんの事務所へさっと入っていく。
待って置いてかないで戦友!!!



「で、どこ行こうか」
「どこって」
「何食いたい?」
「どうしても私と一緒に食事に行くつもりなんですね笹塚さん」
「だめ?」

にこりともせず、ただ小首を傾げる笹塚さんのほんのすこしさみしげに見える瞳に、少し笑ってしまった。
なんかちょっと可愛い。ネウロのおっそろしい『駄目か?』と大違いだ。
だからかな、まあいっか、なんて頷いてしまったのは。

「……んー、私お肉食べたい気分なんですけど、笹塚さんベジタリアンとかじゃないですよね?」
「何でも食うよ」
「じゃあ焼肉行きましょ焼肉!」
「大胆だな」
「なんで!」
「言うだろ、焼肉一緒に食いに行く男と女は深い関係だとかなんとか」
「知りませんよそんなこと」

笹塚さんの柔らかく細められた瞳から目を逸らす。
エレベーターのボタンを押してから気付いた。階段にすればよかった。
私の真横に笹塚さんがいる。近い。今にも肩が触れそう。煙草の香りもする。

「何照れてんの」
「照れてませんよ」
「かわいいな。苗字さんもそんな顔すんだ」
「やめてください」

チン、とエレベーターが到着した。中には誰も乗っていない。
小さなオンボロエレベーター。ちょっとした密室だ。お願いだから今故障とかしないでね!
もし私達がここで死体になったとしたら、ネウロは大喜びで謎を解きにかかるだろうな……。
なんて考えながらさりげなーく笹塚さんと距離をあけてみようとしたのだけれど、
逆に両手を壁につかれ、笹塚さんの両腕の間に閉じ込められてしまう。
ちょっとほんとに今日はなんなのこの人!
無表情だからわかんない! 私殺されるの? 迫られてるの? どっちなの!!!

「あのさ」
「なんでしょうか!?」
「キスしたら怒る?」

笹塚さんの長い指が、子猫を撫ぜるみたいにするりと優しく私の顎に触れてくる。

「……さっきからどうしたんですか一体。頭でも打ったんですか」
「人間、いつ死ぬかわかんねーから。今の内やりたいこと全部やっとかなきゃと思ってさ」
「自分勝手だなー。それでいきなりコレですか」
「そう」

悪い? とでも言いたげに笹塚さんは私を見つめてくる。
さっきから恥ずかしい言動を平然とやってのけて、私の行動をからかって楽しんでるのかと思いきやそうでもなさそうで、
もうすっかり意味がわからない状態が続き、とうとう思考の糸がプツッと切れた私は、もうどうにでもなれとばかりに
笹塚さんの濃い色のネクタイをきゅっと掴み、遠慮なく引き寄せて私から噛み付くようにキスしてやった。

あまり温度を持たないイメージの笹塚さんの唇は、意外なほど柔らかく、ちゃんと皮膚の下に血が通っているのがわかった。
唇を離すと、はじめて見る笹塚さんの表情。
目を見開き、薄い唇を半開きにして、まじまじと私を見つめてくる。

「笹塚さんのやりたいことって何ですか?」

私の言葉に、笹塚さんは今のキス以上に不意を突かれたように二度三度、ゆっくり瞬きをする。
いつも何事にも揺らぐことなく物事を冷静に捉えている笹塚さんの瞳に、どこか憂いのようなものが浮かんだ気がした。
触れてはならない部分かな、と私は質問を微妙に変える。

「私としたいこと、他にあります?」

安堵したように、笹塚さんの雰囲気が緩む。
キスしたからか、今までより笹塚さんの感情が、若干、あくまでもほんの少しだけわかりやすくなった感じがする。

「そーね。今はもっと苗字さんと話がしたい、ってとこかな」
「ああよかった。肉体関係を結びたいとか抜かされたらどうしようかと」
「それはその内」
「考えてるんだ!」
「だめ?」

あれ。笹塚さん、口元に、ほんとに、ほんの少しだけ微笑を浮かべてる。
儚くぼやけ気味だった笹塚さんの輪郭が、若干クリアになった気がした。
笑うと若く見えるんだね。

「今後の笹塚さんしだいかな」
「頑張るよ」

チン、とエレベーターが一階に到着した。
横に立つ笹塚さんをちらと盗み見る。すると笹塚さんも同じタイミングで横目で私を見た。
また新たに微かな笑みを口元に浮かべてくれる。

「笹塚さんの笑った顔、いいですね」
「俺、笑ってた?」
「笑ってる」
「……そうか」

笹塚さんは自分の顎鬚をなぞり、どこか納得した表情で私の手を取って歩き出した。
かさついた笹塚さんの手。この手をこの先絶対に離しちゃいけないと、何故だかその時強く思った。




□破廉恥な雰囲気の笹塚衛士

華月 凜さまのリクエストで書かせていただきました!
こういう話を書くの大好きです!
うああ、ですがきっとご希望されていた雰囲気からかけ離れてますよねすみません!!!
破廉恥……破廉恥……!とかって笹塚さんを脳内で色々不審者扱いしてたらですね、こんな話が出来ておりました。
少しでも楽しんでいただけますように…!
リクエストとっても嬉しかったです。どうもありがとうございました!

2015/10/16
いがぐり


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