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企画
痺れるような幸せの中(土方夫婦)

「あらっ十四郎さん、いつからそちらに?」

じゅわじゅわと油の中で震える衣を纏った鶏肉を菜箸で転がしながら、名前は顔だけ振り返って笑う。
今夜は唐揚げだそうだ。良い匂いが廊下にまで漂っている。

「お茶ですか? すぐにお持ちしますね」
「いや、いい。自分で淹れるから揚げ物に集中しろ」

土方の言葉に素直な笑顔を見せ「はい」と頷き、名前は土方から再び鶏肉へ視線を戻した。
嫁いできた当時だったら『そんなこと旦那様にさせられませんっ!』などと言って、
揚げ物中の手を止めすぐにお茶の準備をしていただろう。
実家で長年、将来の夫にどこまでも尽くすよう徹底的に教育されてきた名前だったが、
土方と結婚し、一緒に暮らすようになって変わった。

そこまでしなくていい。もっとわがままを言ってもいい。嫌なことは嫌と言え。遠慮するな。
嬉しいことも辛い事も、何でも自分に言って欲しい。

結婚した当時、よく名前に根気良く言い聞かせていた。
名前は今まで自分が実家で教えられてきたことと全然違うことを土方に言われ、さぞ戸惑ったことだろう。
しかし健気に土方の言葉を受け入れた。
夫に尽くそうという気持ちからではなく、きっと土方に寄り添うために努力してくれたのだ。

「十四郎さん、もしかしてお腹がすいたんですか?」

いつまでも台所の入り口から立ち去る気配の無い土方にくすくすと名前が笑った。
背中に見惚れてただなんて言えず、土方は「ちげェよ」とだけ言う。

「今日ね、鶏肉が安かったんですよ。特売情報を教えていただいて」

楽しそうに唐揚げを転がしながら、今日あった出来事を話してくれる。
坂田銀時の妻に特売情報を教えてもらい、そして一緒に買いに行ったら沖田の恋人ともばったり会って、楽しくお喋りしたらしい。
年齢も性格も全然違う三人だが気が合うようだ。
特に名前は三人の中で一番年下ということがあって、二人を姉のように慕っている。

「随分と仲良くなったみてぇだな」
「ええ! お二人とも本当に素敵な方々だから、仲良くしていただけてすごく嬉しくて」

名前の世界が広がることは土方の世界も広がるということだ。
特売情報など、結婚前の自分には別の世界のものだった。
が、名前が経験することで間接的に土方にも繋がってくる。
名前が笑うと自分も嬉しい。幸せそうなら自分も幸せだ。

「できたてですよー!」

ん? と気付くと、名前がほかほかの唐揚げを土方の口元に近づけていた。
なんだと眉を寄せる土方に「お口、あけてください。あーんですよ、あーん」と
無邪気な笑顔で口を開けろと唐揚げを更に寄せてくる。

「いや俺の歳でするこっちゃねーだろ、自分で食う」
「でも坂田さんは奥様にあーんしてもらうのがお好きで、毎日していらっしゃるって!」
「うわマジでか万事屋のヤロー、んな気持ち悪ィことやってんの」
「素敵なことだと思います!」
「素敵じゃねェだろどう考えても」

頑なに唐揚げから顔を逸らす土方に、名前はみるみるしょんぼりした表情になっていった。
土方はその顔にウッと息を飲む。

「……十四郎さんは私にあーんして欲しくないんですね……わかりました……申し訳ありません……」

力ない言葉と共に口元から遠ざかる唐揚げに、土方は思わず名前の手首を掴んでいた。
チッと小さく舌打ちし、そのまま大きく口を開けがぶりと唐揚げを一口で頬張る。

「十四郎さんっ!」

弾けるような満面の笑みで土方をキラキラ嬉しくてたまらないというように見つめてくる名前に
「やっぱり演技だったか」と眉を寄せながら、もしゃもしゃと土方好みの味付けの唐揚げを飲み込む。

「だってああでも言わないと十四郎さんあーんしてくれないと思って」

本当に、名前は変わった。
生き生きと土方を可愛らしい演技で騙そうとするし、悪戯が見つかった子供みたいな顔もする。
こういう時、土方の心の奥底がじんと痺れるのは、今正に幸せの真っ只中にいるとありありと自覚するからだろう。

「いいか、今のこたァぜってーに誰にも言うなよ」
「はいっ! 夫婦の秘密ですね」
「総悟や万事屋にバレた日にゃ、とことんからかい倒されるのが目に見えてっからな……」

絶対に言いませんよ、と上機嫌な妻の唇を頬に受けながら、土方はハーアと幸せな溜息を吐いた。




小百合さまリクエスト、

□エロなしの「土方夫婦」の土方さんで。
 奥さんが料理を作っている背中を見つめながら、彼女が嫁いできた初日のこととかを思い出したり、
 良家出身で花嫁修業ばかりさせられていて、
 今まで接したことのない人や物を見てはいちいち驚いたり感心していた、
 そういう初々しさは最近はあまり見なくなったけれど、
 感動したり純粋さは失われてないな、可愛いな、と思う土方さん。
 そして自分と結婚して幸せそうだけど、友人(長編銀さんの奥さん、
 短編の沖田さんの彼女さんや、ご近所の方とか…)
 ができて彼女の人生がより豊かなものになっているなら俺も、
 より幸せだな〜…なんて考える土方さん
 土方さん目線で

で書かせていただきました〜!
天真爛漫な奥さんに、ちょっと慣れた空気もプラスしてとっても楽しく書かせていただきました。
素敵なリクエスト、どうもありがとうございました♪

2017/08/09 いがぐり

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