企画
続・倦怠期(坂田)
「倦怠期」の続きの話でございます。
この状況、覚えがある。
ああうるさい。
さっきから呼び鈴が連続で鳴らされ、どんどんとドアを叩く音、
そして「名前! おい開けやがれバカ、ちったァ人の話聞けっての!」
そんなことをまくし立てている不審者がいる。
まあその不審者は誰でもない、ついさっき電話で別れを告げた私の恋人だった坂田銀時という男だ。
前の大喧嘩のことを思い出す。
あの時は、銀時が食事に誘ってきたくせにそれを忘れたことでひと悶着あったのだ。
そうそう、こうやって、チェーンつけたまま玄関で話をしたっけ。
ほとんど今と同じような状況だった。
あの頃の銀時ときたら、私との約束を忘れることはしょっちゅうだわ、お金が無いのにキャバクラ行くわ、
それに怒ると「あーあ、んなことで怒んなよ。嫉妬ですかァ」
なんてまるで私がくだらないことで怒ってるかのように、
外人みたいに大げさに溜息吐きつつ肩を上げるポーズを取るわ、
そんな風だったから、もう色々な不満、不安、ストレスがたまってドカンと大噴火したわけで。
銀時は滅法強いけど酒と賭け事、甘い誘惑には弱く、毎度毎度私のことなど後回し、しかも私の扱いがおざなり、
それでもって私が怒る(銀時は“拗ねる”という腹の立つ言葉を使っていたがそんな生易しいもんじゃない)と
態度をコロッと変えて口先だけで甘い言葉を申し訳程度に添えて謝るずるい男だったのだ。
そんな銀時に呆れ、諦め、もはや達観の域までに達したとき、思った。
なんか疲れた。
倦怠感に押しつぶされながらそうふっと思ったのだ。大好きな人と恋人になって幸せだった。
銀時は優しい。面白い。楽しい。少しルーズ。口も悪い。
けれど皆からの信頼は厚くて、いざという時に頼りになる。
しかし恋人である私は、なんだかいつも後回しにされていた。それがさみしかった。それで喧嘩になったのだ。
でもその喧嘩があってから、銀時はちゃんと私に照れずに愛情表現をしてくれるようになった。
仲も前よりよくなって、もしかしてもうすぐプロポーズしてくれるんじゃ、と期待するまでになったのに。
全て、銀時がブチこわしてくれました。
「おい名前、ドア開けろ」
銀時に言われるがまま玄関の鍵を開ける。
ガシャンと、またチェーンが限界まで引っ張られて、銀時の焦ったような顔が玄関の隙間から見えた。
「チェーン外せ」
「いや。浮気する男なんて、金輪際家に入れたくないし」
「だからそれは誤解だっつーの、今回の依頼人、ストーカー被害にあってっから銀さんが彼氏役しただけだって。
ホラよくある話だろ、な!?」
限りなく早口で、私に口を挟む余地すら与えず一気に喋りきった銀時だったけど、
私の笑みも怒りも何の表情も浮かべていない顔を見て、しゅんと眉を下げる。
万事屋の仕事も大変だよねー、彼女いるのに依頼人の彼氏役までしなきゃいけないなんてねー。
でも私がここまで銀時を拒絶するのは他に理由があるからです。
「ウンまあそれは最初に説明してもらったから知ってるけど」
「なら怒る理由ねーだろ」
へえ、無いと思うんだ。
私はじっと銀時を見つめたまま、大きく息を吸い、一度唇をきゅっと引き締めてから口を開く。
「“アンタみてーな物腰柔らかな女、銀さんチョー好みなんだよねえ”」
銀時の口真似をして一気に喋ったその言葉に、銀時は面白いほど顔を真っ青にして硬直した。
そうだよ、あんたと依頼人さんが楽しそうに話してるとこ、偶然通りかかって聞いちゃったんだよ私。
「あとなんだっけ“俺マジでアンタのこと口説いていい? アンタに近づく男は仕事抜きで一人残らず沈めてやっから”だよね」
「いやいやいや、名前ちゃん、それ誤解だから」
銀時が調子よくベラベラ喋ってるのを聞いたとき、
後ろからその天パ毛根から引っこ抜いてやろうかと思うくらいの怒りと同時に、
何も言えない位、谷底に突き落とされたようなショックを受けて、震える足で走り去るしかできなかった。
銀時が言った一字一句、頭の中でぐるぐるまわって、
私はどう逆立ちしても物腰柔らかな女なんかじゃないから銀時が他の人の方がよくなったんだって部屋で泣いて。
涙が出なくなってから銀時に電話して「別れる」って言って電話を切った。
そしたらすぐに銀時がきたというワケ。
「よかったねー、かわいい彼女できて。物腰柔らかでもなんでもない女が何も言わず別れてあげるんだからさっさと帰ったら」
「違うっつーの! 演技だよ演技!」
銀時いわく、銀時が依頼人の彼氏のふりをしていたことがストーカーにバレたらしく、
それなら今度は銀時が依頼人に本気で惚れたことにして、ストーカーをおびき寄せてシメてやろうということだったらしい。
「近くに誰かの気配があったからストーカーかと思って演技してたんだよ。まさかそれが名前だったとは」
「……熱演だったよ。結構本気だったんじゃない?」
「んなわけあるか! あんなの本気じゃねえよ」
「いいの。あの子がすごくおっとりしてて美人でちょっと結野アナに似てて銀時好みなのは事実だし」
「なあ、チェーン開けろって。好みだのなんだの関係なく俺が惚れてるのは名前だけなんだよ。わかってるだろ」
前回の大喧嘩の時、デートの誘いにきたという銀時の、
その赤い顔を見て、言い慣れない言葉に照れてどもる声を聴いて、
こんな愛しい人を放っておけないと思ったのだ。
でももしもあの時、チェーンをあけなかったらどうなっていただろう。
鍵を返してといったら、銀時はどんな顔をしただろう。
その時の銀時の顔を想像しただけで、何故かズキリと胸が痛んだ。
想像だけでこんなだから、きっと鍵を返してもらって、少し距離を置いて、別れようと決意したとしても、
結局私は銀時の傍を離れることができなかったと思う。
だって今も、電話で別れると告げてから、私の心臓はずっと自らの両手でぐっと挟みこんでいるかのように苦しい。
「銀時、怪我するよ」
チェーンに阻まれ少ししか開いていないドアの隙間から、銀時が手を入れて私の指に触れた。
もどかしげに動く銀時の深爪気味の指先が、ドアを支えていた私の指先を撫ぜる。
優しい手つきに、誤魔化そうだとか、嘘だとか、そんな気持ちは伝わってこない。
ただただ、私のことが愛しいと、大事そうに触れてくれる。
ああ、銀時に浮気してたと勘違いしたこと謝らなきゃ。
でも、でも私以外の子にあんな口説き文句を、たとえ仕事でいったことはもやもやする。
「名前、泣くなら俺の胸の中で泣きなさい。おら、ぎゅってしてやっからよ」
「うっさい! 泣いてない。ただムカついてるだけ」
「お前さん、拗ねた顔もかわいいな」
「やめて!」
「いやマジで。銀さん思わずムラっときちまったわ」
「さいてー」
思わず笑みをこぼしたら、銀時も一緒に笑う。
もう怒りなんて、悲しさなんて、どこかへ消えていた。
そして私は今日も結局チェーンを外す。
大好きな銀時の胸に抱きしめられて深呼吸すると、深い安堵感にふわふわした気持ちになった。
それでもほんのちょこっとだけ心の片隅に残っているもやもやがあって、
んー、と銀時の逞しい背中で手のひらをグーパーグーパー動かしてたら
「何やってんのお前」
と銀時が笑って頬に口付けてきたので、銀時の背中をぎゅっと抓ってやって、それでチャラにしてあげた。
みぃ様リクエスト
□「倦怠期」で、銀さんに「チェーンを外して」と言われて素直に外すのではなく、
ヒロインの怒りがまだおさまらず、チェーンをかけた状態で無理矢理(合鍵も没収)銀さんを追い返して、
お互いいろいろ考えて、主人公が別れを切り出すけど、
なんやかんやでお互いの大切さに気がついて仲直りというお話
でございましたが、ちょっと…いえかなり違ってしまってすみません…!
銀さん視点でのifなど色々考えてみたんですが、これが一番しっくりきたもので…!
こんなですが、楽しんでいただけたら嬉しいです。
リクエスト、どうもありがとうございました!
いがぐり
2017/04/03
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