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企画
倦怠期(坂田)

銀時に、真面目さだとか情熱だとか真摯さだとかを求めても、全て無駄だということは長い付き合いでわかっている。

「ねー銀時、これで何度目よ」
「う……二日酔いで頭イテーんだよ……説教なら明日にしてくれ……明日聞くから明日」
「昨日、私に珍しく夕飯食べに連れて行ってやるって言ったくせに、連絡ひとつ入れず泥酔状態で朝帰りしておいて明日まで私にそのこと黙ってろって?」

玄関先で行き倒れたような格好の銀時を見下ろしながら、私は銀時の頭を踏んづけたい衝動と戦いつつ、
自分でも意外なほど冷静な声を出していた。

「んなこと俺言ったっけ、あー、そういや思いつきでそんなこと言ってたわ、すっかり忘れてたぜ……それよか名前、水持ってきてくんない」
「神楽、銀時が水欲しいって。頭からかけて欲しいみたい」
「アイヨー!」

洗面所から水をバケツに溜める勢いの良いザーっという音が聞こえる。

「帰るわ。じゃーね銀時、お水たっぷりかけてもらって」
「ちょ、まてまてまてまてお前……うおおおお!!!!!」

私に向かって手を伸ばしてくる銀時を無視して玄関を閉じると、
それと同時にバシャーという音と銀時の絶叫が聞こえた。あはは、と乾いた笑みが浮かび、すぐ消える。
銀時の悲鳴なんて聞いてもちっとも気が晴れない。
あーあ、と、ため息を吐きながら階段を降りた。

お互い、きっとずっとこれからも一緒にいるのだろうなということはわかる。
別れを言い出すことも無く、嫌いになることも無く、浮気もおそらくしないだろう。
けれど恋人である銀時の私に対する態度には、不安はないけど不満が募る。

銀時とはずっと友達だった。けれどある日ちょっとした拍子に体の関係を持ち、そしてグダグダと交際へと到ったのだ。
最初から甘さなんてほとんどない、もらえるだなんて期待もしていない。
けれど、もうちょっとだけ大事にしてくれてもいいんじゃないかと思う。思ってもいい。だってあまりにもないがしろにされすぎている。

それを銀時に直接言うのもしゃくで、うやむやのうちにいつもの空気に戻り、そして銀時がまた私より他を優先させる、その繰り返し。
いつも、その繰り返しなのだ。



「倦怠期が通常モードってのも、正直疲れてきたわ」

今日も元気に無職のマダオっぷり全開の長谷川さんに呼び止められ、公園のベンチに二人並んで座った。
自販機で買ってくれた熱い缶コーヒーにいただきますと言って口を付ける。やけどしそうなほど熱くて、そして美味しい。
長谷川さんは私達のこのだらけた関係のことをよく知っているので、私はつい先程の銀時とのやりとりを愚痴まじりに吐き出していた。

「ごめん名前ちゃん、昨日は俺が銀さん誘ったんだよ」

長谷川さんのかけているサングラスのおかげで、その下の瞳は見えないけれど、眉が申し訳なさそうに下がっていた。

「別にいつでも誘ったって構わないけどね。銀時は私のものじゃないし、私を誘ったのすっかり忘れてそっち行くことにしたのは銀時だし」
「銀さんを庇うわけじゃないけど、昨日はさ、俺の仲間で銀さんにお礼したんだよ」
「なにそれ。長谷川さんに仲間って居たの?」
「この間までさ、この寒さで弱った高齢者のホームレスを狙う若いヤツらが出没しててな、銀さんに相談してらすぐやっつけてくれて」
「へえ」
「これで安心して路上生活が送れるってみんな銀さんに感謝してさ、みんなでここに集まって自販機で安酒買いあって銀さんと飲んだんだ」

目に浮かぶ。社会からはみ出てしまった彼らと、銀時が、陽気に酒を酌み交わしてる光景が。

「楽しかっただろうね。でも寒そう」
「ダンボールって意外とあったかいんだぜ」
「私は家に帰ってコタツで暖を取るわ」

ごちそーさま、とベンチから腰を上げた私に、長谷川さんが「昨日のことは俺に免じて、あんま銀さんを怒んないでやってくれる?」と
サングラスをあったかなコーヒーの湯気で曇らせながら弱弱しい笑顔で言う。
私はそれにとりあえず笑顔で返し、「わかんない。またね」と手を振った。



ぶらぶら買い物して、昼過ぎに家に戻った。
するとそのタイミングを狙ったかのように電話が鳴る。
暖房をつけるより先に受話器を取る自分が、少し可愛いなと思った。

「銀時、なに?」
『なに、電話取る前から銀さんだってわかったって? スゲーな。これが愛ってやつか』
「うちの電話ナンバーディスプレイ。取る前に万事屋の電話番号思いっきりでてるし。だから愛ではないね」
『んだよ、俺ァてっきり』
「帰ってきたばかりで寒いの。昨日のことは長谷川さんに聞いたからもういいよ、じゃあね」
『待て待て待て、ちょっと待て! 俺ァちゃんと名前に謝ろうと思ってだな』
「だからもういいって。蒸し返されると腹立つ」
『こ、今夜だ今夜、夜にメシ食いに連れてってやっから、これからこっち来いよ』
「あんた二日酔いなんでしょ。私も帰ってきたばかりだし、もう出たくない」
『なら俺が迎えに行く』
「へー」
『なにその返事。まるで俺ができないこと言ってるみてーな』
「いつもそうじゃない」
『かわいくねーなお前』

電話越しだから、銀時がどんな表情でこの言葉を言ったのかはわからない。
けれど、短い言葉は私の心をちくりと突き刺した。

「誰がそんな可愛くない女にしたんでしょうね。やっぱこなくていい。当分あんたと会いたくない」

そして銀時の返事を聞く前に勢い良く受話器を置いた。
電話はもう、かかってこなかった。



ベッドの上で天井を見上げながら、私はずっと銀時のことを考えていた。

「自分から誘っておいて忘れてたって何なのよ」

万事屋での銀時との会話を思い出す。
私がもっとかわいい女だったら、昨日銀時は私との約束を忘れたりせず長谷川さんの誘いを断って私のところへちゃんときてくれたのだろうか。
でも、そんな銀時はなんか違う。
義理と人情を忘れない。そんな人なのだ銀時は。悔しいけれどそんなところが素敵なのだ。
かわいくない私だから、銀時のそういう素敵な部分を許容できずこんな風になってしまったのかな。
ああやっぱり銀時の言うとおり、私は本当にかわいくない。

疲れる。このどうしようもない気持ちに沈んで、倦怠感だけが心に蓄積されて、泥のように眠って、
そして何日かして銀時に会って、なんとなく身体を繋げて、自分の気持ちを具体的な言葉にできず、
気持ちだけがぐるぐると同じところを回っていくのだ。

「……考えるだけで滅入る」

もうどうでもいいや。この感情の行き着く先はわからない。
銀時が好きなうちは、何も考えないほうがいいのかもしれない。
だらしないのも銀時だし、身勝手なのも銀時だ。そういう銀時も好きで、けれど苦しい。
銀時が、ちっとも私に気持ちを見せてくれないから。好きなのは私だけなのかと虚しくなってしまう。

「夕飯の準備でもしよう」

その時、玄関で物音がした。ガチャガチャとノブを回す音に思わず身を硬くする。
鍵穴に鍵を挿す音が聞こえた時、ああ銀時が合鍵を使っているのだと、
こちら側から玄関ドアを開けることなくじっとその場に立ち竦む。

「名前、いきなり電話切るなっての!」

玄関が勢い良く開かれようとして、途中でガシャーンと止まった。
そう、私は玄関ドアにしっかりチェーンを付けていた。

「……あの、チェーン外してくんない?」

引きつった笑顔で銀時が隙間からこちらを覗いてくる。
水をかけられてからシャワーを浴びたのだろう。朝はあれほど酒臭かった銀時から、石鹸の清潔な香りがした。

「新聞ならお断りです」
「新聞の勧誘じゃねーよ!!!」
「じゃあなに」
「デデ、デ、デデ、デートのお誘いに」
「どもるくらい恥ずかしい言葉なら無理して言わなきゃいいのに」
「るせー。いいから早くこれ外せ」

どんな表情をしていいかわからないまま、震えそうになる指でチェーンを外した。
玄関のドアが大きく開かれ、銀時が入ってくる。
真剣な顔をした銀時の迫力に思わず後ずさりする私の背中が、銀時の腕によって強引に引き寄せられた。

「な、っ!」

会いたくないなんて言うんじゃねーよコノヤロー、銀時に切なげにそう囁かれながら、私は強く抱しめられる。
少し苦しくて身体を離そうとしたが、あまりにも必死に抱きついてくる銀時に、諦めて体の力を抜く。

「その……悪かったよ、なんつーか、俺はお前に甘えっぱなしだったわ」
「…………」

返事ができないくらいぎゅうぎゅうと銀時の胸に閉じ込められていて、
私は銀時のはだけた胸元に頬をすり寄せるように首を振るのがやっとだった。

「いっつも傍に居るからっつってもよ、二人で出掛ける約束度々すっぽかされちゃたまんねーよな」
「当たり前でしょ……破るくらいなら最初から約束なんてしないで」

そう言ってから唇を噛む。銀時にだって色々と都合はあるのだ。
破りたくて破ったわけじゃないものもあるのに。
やっぱ私って可愛くないね、そう自嘲気味に銀時の胸にため息と同時にそうこぼす。
すると銀時の唇が私の額に押し当てられた。柔らかな感触。唇のあたたかな温度にハッとする。

「かわいくねー名前もかわいい名前も、俺は全部ひっくるめて想ってっから」
「………それが銀時の愛ってやつ?」

冗談めかして聞いてみる。銀時が、電話口で言った言葉を。

「ったりめーだ、聞かなくてもわかんだろ」

強く唇が塞がれる。銀時のキスはいつもと同じだ。
私の駄目なところを全て大きく包み込んでくれるような優しさで、私の心を溶かす。
言葉では滅多に甘いことを伝えてはくれないけれど、唇や両腕で、いつも私に気持ちを伝えてくれていたんだ。

「なんか、銀時らしい」

重く湿った倦怠感とは真逆の、あったかな気持ちが湧き上がってきて、そのまま銀時の頬に軽くキスをした。
ホッとしたような、それでいて嬉しげで照れくさそうな銀時の表情を見て、私は久々に心から笑った。




■銀さんで、なんだか倦怠期な二人、銀さんのだらしなさや身勝手さに不安や不満が募る主人公。最終的にはお互いを見つめ直して倦怠期克服
 主人公は銀さんと同じくらいの歳

のリクエストで書かせていただきましたー!
お待たせいたしました。普段はシリアスな感じのものを書くことが無いので、書きなれていない部分もあるとは思いますが、
楽しんでいただけたら嬉しいです。
リクエストどうもありがとうございました!

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あきゅろす。
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